女王様はご機嫌斜め
――カリカリカリ……

紙の上にペンを走らせる音が、テンポ良く流れてくる。


――カリカリカリカリ……ガリッ!!

単調が不調に変わり、音が止まった。

ちらり、と音の主を見ると、その肩が震えていた……。うん、まぁ、そろそろかな。








「っっっああああああ〜〜〜〜!!!!!」


そらきた。


勢いよく頭を掻き毟り、力任せに机を叩いた。部屋に響く、重い音。と、同時にかすかに聞こえる水が飛び散る音。

あーあ、インクばら撒いて…。

まぁ、インク瓶を倒して中身をぶちまけるよりはマシか。…前に、あったんだけど……ね…。


今、癇癪起こしたのはウチの船長。その名もミラ・ネブラスカ。そしてココは海賊団『紅い射手』の船の中。現在我が船はナルビクに停泊中。

そして彼女は何をしているかといいますと、簡単に言うなら書類整理ですか。

海賊って言っても、港や他国に入るにはそれなりの手続きがいるし(中には隠れて無断船舶する連中がいるけど…。)まぁそれに海賊ですから?色々いざこざがあるわけで。それの始末書やらなんやらが、ぜーんぶ船長に回ってくるわけで……。で、現在奮闘中。

まぁ…彼女は元々アウトドア派だし…。こういう地味な仕事あんまり好きじゃないんだよね…。だけど、『船長』としての責任や自覚は持ち合わせている。だから、今頑張ってる。……じゃなきゃ今頃とっくに逃げ出してる。


「……ったく全然終わらないじゃないか!!!!」


…はい、本日7回目…はぁ。……あーあ、あんなに頭ボサボサにして…顔にインクつけて…。美人が台無しだよ…。


あ、ちなみに俺は副船長、ジケル・ボーンスカル。小さい頃から、彼女と一緒に育って…まぁいうなれば、幼馴染ってやつだ。長い間同じ時間を過ごしたおかげで、大体彼女の心情がよく分かる。……まぁ彼女自体分かりやすいってのもあるんだけど。

そんな俺は、今彼女のサポート中で。終わった書類の最終チェックや、まだ未チェックの書類内容の確認とか。 俺が自己判断で出来たりするものには、代わりに記入したりとか…。

…でももう終わりそうなんだよね…。

ちらり、とミラの机を見ると、処理しきれてない書類の山が、3つほど…。
窓の外を見ると、日が落ちかけて赤く染まっている。


調子が良い時は、もう終わっても良い頃なんだけど、今日は、どうも、虫の居所が悪いらしい…。
……明日に持ち越してもいいんだけどなぁ…。さすがに、二日も船の中じゃあ、酷だろうな…。
……仕方ない、アレでいくか。




「ミラ。」

「…ん?ああどうしたジケル。」

名前を呼ばれて振り返ると、ジケルがいた。…さっきまで目の前のソファに座ってたはずなのに…いつの間に。

「今日はどうも苦戦してるな。」

「……あぁ……。」

そういって、視線を机に戻した。つもりなんだけど、肩をつかまれ、体ごとジケルの方へ向かされる。

なっ何だ!?私、何かやらかしたのか!!??

少し混乱気味に陥っていると、不意に顎をつかまれ、上を向かされると――



「…〜〜〜〜〜〜〜!!!」

……温かい物を顔にこすり付けられた。

しばらくして、それが濡れタオルだと気づく。…ってかいつの間に、そんなものを…!!

顔全体をそれで拭かれた。温かくって、気持ちよかった。…だから、タオルが顔から離れると、何か物寂しかった。

「…ったく、顔中インクだらけにして…美人が台無しだぞ。」

「悪かったな!」

半ば呆れ気味に笑うその顔が、やたら癪に障る。…なんとなく殴りたくなる。……あぁ、もうむしゃくしゃしてきた!!

「俺、もう終わっちゃったんだけど…。」

「んなっ…!」

いつの間にっ!!!あぁイライラするっ!!!
OK、分かった、とにかく、今すぐ、殴らせろ!!!

「って、そんなに睨むなよ!!俺に当たるな俺に!!」

「へーぇ、分かってるじゃないか……じゃあ、一発殴らせろ!!!」

「わーーっっ!!!待った待った!!!」

「待たん!!」

うるさい黙れ!!黙ってこのイライラを発散させろ!!!!

「分かった!分かったから!終わったら飲みに行こう!!おごるから!!!」

まさに、ヤツの顔面に、私の拳がめり込む瞬間。

「本当だなっ!?」

「ああ、……って言っても一杯だけなら………………って聞いてる?」

はっはっは!悪いが聞こえない!

だって私の頭の中は、目の前の書類整理で一杯だから!

「タダ酒♪タダ酒♪」

さっきまでの調子の悪さは、どこへやら。嘘みたいにサクサク進んでく。
気分も良すぎて、いつの間にか鼻歌まで歌ってる。

これが終われば、タダ酒にありつける!
そう思うと、こんなもの、全然苦にならないな!!

後ろで、何かため息のようなものが聞こえた、けど、気のせいだな!!




「………………は?」

今ならきっと、この鋭い目だけで、その辺の雑魚を殺せそうな顔をしているウチの船長。

「…いや、だから……ごめん…。」

彼女の前で、申し訳なさそうに誤るウチの副船長。…なんか、腰引けてない?

「……ちょっと、トラブルが起こっちゃって…。」

誰も理由なんて聞いてないから…。しかも、だんだん声が小さくなってってるよ………このヘタレが。


遠くでジケルを呼ぶ男の声がする……あたしの片割れ、マリクだ。

「…じゃ!そういうことで!!また今度埋め合わせするから!!」

…と、言い残して、ヤツはさっさとマリクの所へすっ飛んでいく。……逃げたな。
……ってことは……

「…サテラ、付き合え。」

…あ、やっぱり?

「船長のためならどこへでも着いていきますよ〜♪」

嘘じゃないけど、今断ったら殺される気がする…。いやきっと間違いなく殺される…!

地響きが聞こえてきそうなくらいに、地面を踏みしめ進むミラの背中を見ると、思わずため息が出た。


所変わって、ブルーホエール。

「……生中おかわりっっ!!!」

…と、勢いよく空になったジャッキを机に叩きつけるミラ。

「今日は荒れてるなぁ。」

笑いながら、そのジャッキにビールをつぐ店主。
一杯になったと同時に、ミラはすかさずそれを喉に流し込む。

「…おかわりっっっ!!」

「はいはい。」

何も聞かず、ただビールをつぎたすビスドラク。
…まぁ、今に始まったことじゃないし?

「何怒ってるの?ミラ。」

理由は、わかっちゃいるけど、あえて聞く。
決していじわるなんかじゃない。
自覚させてやるのだ。自分が怒っている理由について。

「だって、タダ酒にありつけると思ったのに!!」

違うでしょー!?…あぁもう鈍いんだから!
じゃあ、なんでお金払って飲みに来てんのよ!
また後日連れて来てもらえればいいじゃない!!

…なーんて言おうもんなら、あたしの身が危ない。
矛盾してる言い訳しながら逆恨みで八つ当たりされるに違いない…。

……すいませんねぇ、隣があたしで。


自分が怒ってる、本当の理由…分かってる?

ビールを飲みまくるミラを横目に見ながら、心の中で問いかけてみる。
もちろん、答えなんか返ってこないけど。

ここで、ミラお気に入りのラム酒なんか出せば、機嫌なんかコロっと変わりそうなんだけど。

…でもあたしじゃ意味ないのよね〜。




ジケル、あんた気づいてないでしょう?実はすっごくおいしい立場にいるって事が。

この暴れ馬を飼いならせるのは、あんたしか居ないって事。

それなのに、当人たちはぜんっぜん気づいてないんだから。
あーもうやんなっちゃう。


はぁ〜〜〜〜あ。

「サテラ!ため息なんかついてないで飲め!!」

「はいはい。」


あたしは、覚悟を決めて、目の前のビールを一気に流し込んだ。

空になったジョッキに、ビスドラクがビールを継ぎ足してくれる。

その時、小さな声で言ってくれた。

「お前も大変だな。」

思わず、苦笑。

…ったく、周りが気づいてるのに、なんで気づかないんだろ…。


そう思いながら、一杯になったジョッキに口をつけた。

この宴、きっと長丁場になるだろう。

明日は、きっと二日酔いだ……はぁ〜〜。




いつになったら、落ち着くんだろうなぁ。うちのトップ達は。
ジケ→←ミラ物語でした。(笑)

ミラを扱いこなせるのは、ジケルだけで、またジケルが言うこと聞くのもミラだけって話。

常に主従&下克上なジケミラ世界。(笑)
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