いつも隣に君がいて、
昔の夢を、見た。

まだ自分が幼かった頃。
女だからという理由でいじめられていた時。
でも、それはいつものこと。
黙っていれば、それでよかった。
我慢してさえいれば、これ以上、酷くなることはない。

そう思っていたあの頃。

でも、

あの日から、

全てが変わったんだ…。



「……っく…え…っぐ…。」

「ほら、もう泣くなよ。」

そう言って、頭を撫でてくれた。
その手が、やさしくて、温かくて…。

「もう大丈夫だから、さ?」

傷だらけで、アザだらけで…それでも、いつものように、笑ってくれた。
それが、嬉しくて、切なくて…涙が溢れてくる。
その後、いつまでたっても泣き止まない私の手を引いて、帰ったんだった。
その時見た背中が、とても大きかった……。



「…ようやく、お目覚めかな?」

「…………なんでお前がここにいる…………。」

かすむ視界の片隅に、いる筈のない人物の顔を見つけ、思わず顔を顰めた。
よりによって、あんな夢を見た後で…。

「なんでって…なかなか起きてこないから、起こしに来たんだよ。 ……ちなみに、鍵かかってなかったぞ…こじ開けた訳じゃないからな!」

…………そういえば、昨日かなり疲れてたっけ…。
すごく眠たくて……あんまり記憶がない…。

わかった、と言いながら、重い身体を起こした。
霞がかった頭が、だんだんはっきりしてくる。
不本意な侵入者――ジケル・ボーンスカルは、私の寝ているベッドに腰掛けて、こちらを覗き込んでいた。

……なんだこのシチュエーションは……。

第三者から見れば、誤解されそうな……思わず手で、額を覆った。

「……どうした?」

「え?」

顔を上げると、左頬に暖かいものが触れた……ジケルの手だった。
そのまま指先で、目元を拭う。

「…涙。」

そういって、私に拭った手を見せた。
その顔は、とても慈愛に満ちている。

かなわない、なぁ。

ミラは困ったように笑った。

「……夢を、見たんだ…。」

「夢?」

そう、と、視線を合わせた。

「…昔の、ね。まだ、いじめられてた時の。」

そう言って、ミラは、苦笑した。
それが不思議で、ジケルは首を傾げる。

「しかも、……お前が初めて私のこと助けてくれた時のね。」

「…あぁ。」

ミラは思わず視線をそらした。
ジケルも苦笑した。
もっとも、理由はミラとは違って…。

「あの頃は、情けなかったなぁ。ボコボコにされたんだっけ…。」

昔の失態に、頭を抱えた。

「…でも、おかげで強くなれたよ。」

あれがなかったら、私は弱いままだった。
自分のせいで、誰かが傷つくのはもうゴメンだ。
そう思えたから。
だから、強くなれた。
心も……身体も、本当の意味で。

「全部、ジケルのおかげだな…。」

「俺は何もしてないよ。」

そう言って笑う。ジケルは気づいていない。
本当に、かなわないなぁ。

いつも、お前は、私の先を歩いてる。
昔も、今も――。



「おばさん、今日誕生日なんだって?」

ナルビク広場を歩いていたら、後ろから嫌みったらしく言われた。
振り向くと、そこにいたのは頭からつま先まで茶色に染まったあいつ…。
ここまで、同じ色が9割を占めている人物を見たことがない。
正直、センスを疑う。

そんな茶色い生き物は、トレードマークのメガネを光らせ、眉間にはシワを寄せ、明らかに不機嫌オーラを身にまとっていた。

「へーぇ、お前が知ってるとは思わなかったなー。てっきり自分の事しか考えてないのかと思ったよ。」

「これでまたおばさんに一歩近づいたって訳だ。ご愁傷様。」

「全く、まだまだ子供だな。月並みな事しか言えないなんて。 もうちょっとボキャブラリーってのを勉強した方がいいんじゃないのか?私より若いんだから。」

(この…クソババァ…。)
(クソガキが…。)

二人のかち合う視線に、火花が散る。
一瞬即発か…と思いきや、先に根をあげたのはミラだった。

「……で、何か用?」

しかし、その顔はかなり訝しげだったが。

マキシミンも、かなり不機嫌そうに息を吐き、 後ろ手に隠していた紙袋を突き出した。

「…他の連中が。」

その不器用さに思わず顔が緩む。
それに気づいたマキシミンは、ますます顔を歪ませた。

「…どうもありがとう。…皆にも礼を言ってくれ。」

「……ああ、確かに渡したからな。」

マキシミンは背を向けて、去っていた。…片手で手を振りながら。

……全く、相変わらず不器用なやつだな。

一つ、息を吐いて、踵を返した。
向かうはブルーホエール。何故ならティチエルに、時間まで指定されて呼び出しを食らったからだ。
…………まぁ、大体想像はつくけどね。

これから起きるであろう出来事を想像したら、心なしか足が重くなったような気がした。



すっかり暗くなった後、私は解放された。

店に一歩出た瞬間、冷たい風が身体に突き刺さる。
酒で火照った身体には、丁度いい具合だ。

帰ろうと、行き先に顔を向けると、人影が目に入った。
一瞬、目を疑う。
この間といい、今日といい……ストーカーか?お前は。

「や。」

「…迎えを頼んだ覚えはないんだけど?」

「よく言うよ、フラフラしちゃって。」

「うるさい。大丈夫だって!」

叫んだ瞬間、一気に酔いが回り、思わず足がもつれた。

「…っと、……言ってる傍から倒れてちゃ、説得力ないから。」

そう言って、荷物を持ってくれた。

「なんなら、おぶってやろうか?」

「そこまで酷くない!」

ガスッ!

「…ってぇ!!蹴るなよ!」

「うるさいっ!さっさと帰るぞ!」

「……はいはい。」

右腕を捕まれ、手を握られた。
そのまま、引っ張られるように歩き出す。

子ども扱いされてるようで、頭に来る。
ふと、昼間のことを思い出していた。
マキシミンに言った、自分の言葉…。

そういえば、ジケルは私より年上なんだよな…。

こうやって、歩くと、昔の思い出をダブらせる。

泣きながら、こうやって帰ったっけ…。

あのときの背中は大きく見えた。
今も、大きく見える。

背中だけじゃない。身長も、歳も、何もかも…。


お前はいつも、私の先を歩いていくな。

私はいつも、その後を着いていく。


適わない、この差。

追い越せない、この距離。


私の先を歩くのが、お前でよかった。
お前と出会えて、ほんとによかった。

追い越せないのなら、せめて――。


「…んあ?」

突然の、腕の温もりと重さに、ジケルが驚いた。

見ると、ミラが手を繋いでいる腕にしがみついている。

「…いきなり何なんだ?」

「手だけじゃ、ふらついて仕方ないんだ。」

追い越せないのなら、隣で歩いていたい。

「…やっぱり酔ってるじゃないか。」

「いちいちうるさい!今日誕生日なんだから大人しく言う事聞いてろ!」

「はいはい。」

半ば呆れながらも、歩くスピードを緩めてくれる。
さりげない優しさが、とても暖かい。


今日くらいはいいだろう?隣で歩いても。

こんな私でも、いつか、普通に並べる日が来るのだろうか。

その前に、お前は私から離れていくのだろうか。

そうしたら、私は――。


「……これからも、傍にいて欲しい……。」

消え入りそうなくらい、小さな声でつぶやいた。

いつもなら、きっとこんなことは言えない。
……今は、酔っているから?

…駄目だな私…酒の力を借りないと素直になれないなんて。

…………聞こえたのだろうか?
聞こえてなければ、それでもいい。


ふいに、「ああ。」と、風に紛れて聞こえてきた。

思わず、繋いだ手に力が入る。
それに答えるように、握り返してきた。

身体の中から、暖かいものがこみ上げてくる。


いつまでこうして傍にいられるのだろう。
出会いもあれば、別れもある。

いつか、かならず、別れる時が来る。
それまで、こうしていられたらいい。


暗闇に浮かぶ、丸い月に、そう願った。
よくこんな恥ずいモノ書いたなぁ…。(゚Д゚;) ミラ誕2用に書きました。 ちなみに最初の方の子供ネタは以前日記に書いたもので…。確か日記絵ログにあったはず。(笑)
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