SHOOTING☆STAR ◇ 第2話 メイド奮闘日記☆
人生とは闘いだ――
…と、どっかの誰かがそう言ってた気がする。

少なくとも、彼女――イスピン・シャルルは、今、まさにそう思える時期を迎えていた。

黒いワンピースと白いエプロンを身に纏い、頭にはフリルのついたカチューシャ、 スラリと伸びた細い足には、白いニーソックスと、黒いショートブーツ……いわゆるメイド服だ。

彼女は、その姿通り、メイドをしている。

…が、今の彼女の風貌は、主人に忠実で礼儀正しい、それとは全くかけ離れている……寧ろ正反対と言ってもいいくらいだ。

足を大股に開き、足音を惜しみなく響かせ、腕を力任せに上下に振り回し、鼻息は荒く、その顔は血に飢えた獣のように険しかった。

…最初の頃は、この様子に他の使用人達が驚いてはいたが…今はもうすでに慣れっこだ。 寧ろ、その姿は勇ましい事この上ない。その理由は…………いずれ分かるはず。

イスピンは、一つの扉の前に立ち止まると、くるりと身体を扉に向けた。
そして目を閉じ、1,2回、大きく深呼吸して気持ちを引き締める。


しばらくの沈黙の後…

カッ!…と目を見開いた瞬間、


どこからともなく、ゴングが鳴り響く音が聞こえた。






「おはようございます!!『ゴシュジンサマ』!!!!!」

叫びながら、イスピンは目の前の扉を思いっきり開けた。

真っ先に目に飛び込んできたのは、一人で寝るには広すぎるベッド。
その真ん中で、シーツが大きく盛り上がっている。
先ほどの、怒声に近いイスピンの叫びを聞きながらも、そのシーツの中の物体は、ピクリとも動かなかった。


ははは……まぁ、こんな事で起きないことは分かりきってたけどね!


イスピンは、にやりと……黒い笑みを浮かべ、ベッドに近づいていく。
もちろん、『ゴシュジンサマ』と叫ぶのはやめない。
……しかし、『ゴシュジンサマ』と呼ぶその声は、とても無機質だった…。

「起きてください!『ゴシュジンサマ』!!!」

…これを何度叫んだ事だろう。
しかし、相変わらず、『ゴシュジンサマ』が動く気配は、全くなかった。

そうこうしているうちに、イスピンはベッド脇にたどり着き、
仁王立ちに構え、
大きく息を吸い――

「起きろっつってんだよ!!このピンボケ眼鏡ぇぇぇぇ!!!」

ビリビリ…と、窓ガラスが共鳴する。

イスピンは肩で息をしながら、額に浮き出た汗を手の甲でぬぐった。

今日は結構しぶといじゃないか…良い度胸だね!

いつもならたいていコレで、多少動いてはくれる。
しかし、今日はそれすら起きる事がなく…。

「…そっちがその気なら…こっちにだって……。」

そういって、指をバキボキ鳴らせた。
その表情は、先ほどより更に、どす黒く笑っている。

イスピンは踵を返し、ベッドから遠のくように歩き出した。
この部屋は、一人部屋にしてはかなり広い。さすがお金持ち、といったところ。
ベッドから壁まで、約3m程度。
イスピンは壁際までたどり着くと、ベッドの方に向きなおし、

「…らぁ!!」

掛け声と共に、走り出した。
一定の距離まで近づくと、地を蹴り、宙を舞い、そして――


「…ったあっ!!!」
「ぐぶっ…!」


イスピンは、主人に向かって、ジャンピングエルボードロップをかましたのだった…。

さすがにこの衝撃には耐え切れず、標的は、うめき声を上げた。
ぷるぷると震えて蹲っている……当たり所が悪かったらしい…。

どんなもんよ、といわんばかりに、勝ち誇った笑みを浮かべながら、イスピンは小さく縮こまった主人を見下ろした。

そして主人は、痛みに耐えるように震えるだけで、動かなかった。

が、ふいに震えが止まり――

「…っめぇ!!殺す気か!!?ああ゛っ!!?」

シーツの中から、ものすごい剣幕で現れた、主人。

しかし、イスピンは悪びれるどころか、冷めた目でそれを見つめていた。


しばらくの沈黙。

そして……




バタリ――と、主人が倒れこみ……そして再びシーツの中にもぐりこんだ。

あっはっは、寝ぼけ半分に言われても、全っ然怖くありませ〜ん。


イスピンは半ば呆れ気味にため息をつく。そして、

「…こうなったら、最後の手段…。」

黒い薄ら笑いを浮かべ、指をわきわきと動かしていた。



ベッドから降り、丁度、主人の足元にあたる位置に立つと、
シーツをムンズとつかみ……そして、思いっきり引っ張った。


綺麗な白いシーツが、鮮やかに空を舞う――

はずが、イスピンが固まった。


イスピンが、シーツの先を睨むと、そこには、髪を寝癖でボサボサにし、何かに取り付かれたような顔をした、主がいた。
その手には、シーツの端が。

「君一体いくつだよ!!今時幼稚園児でもこんなことしないよ!!」

「うっせぇ!殺すぞ!!」

「こんな事で人殺してたら、そのうちこの国から誰もいなくなっちゃうね!」

「黙れ!」

極端な事しか言わないのは、まだ寝ぼけている証。

君のパターンは大体読めてきたよ…。…あともう一押し…!

シーツの引っ張りあいが続いている。どちらも折れる気配は無い。
が、いくら男とはいえ、起きたばかりで半分寝ぼけている主人が相手。
徐々に、シーツがイスピンの方へと引っ張られていく。
と、同時に、主人の身体も一緒に引きずられていた。

……あと、もう少し…!

「いい加減起きろってば…!」

イスピンは、渾身の力を込めて、シーツを引っ張った。

そして、今度こそ、白いシーツが、鮮やかに、空を舞った――

――ゴスッ

…と、同時に、鈍い音が響き渡る。

……主が、頭からベッドに落ちたのだった。


「これで6連勝っ!!!」

そして、イスピンは万遍の笑みを浮かべながら、両手を高々と上げた。


実は、ここの主人――マキシミン・リフクネは、ひじょーーーーーーに朝に弱い。
おまけに、ものすごく寝起きが悪い。

この最悪なコンボを持ち合わせる主人を起こすのは、使用人達にはとても億劫で。
そんなわけで、誰もやりたがらず、今まで勝手に起きるまで放置していたのだ。

そのおかげで、マキシミンが起きてくるのは大体昼前…悪ければ昼過ぎにもなっていた。

その話を聞いたイスピンは、激しく憤慨のだ。

僕が生きるか死ぬかで瀬戸際にたたされていたっていうのに、こいつはのうのうと惰眠をむさぼってたって事!?
こんなの許されるはずがない!
いや、寧ろ、我が手で正義の鉄槌を!!!

…と、初日に自ら起こす役をかって出たのだ。
他のみんなは、どうせ無理だろう、と諦めていたため、簡単にその役をイスピンに任せたのだ。

すると、どうだろう…あの、屍のように全く動かなかったマキシミンが、この、朝日が眩しい時間帯に起きているではないかっっ!!!

……ものすごく不機嫌な顔をしていたが。

そんな些細な事は、この際どうでもいい!
皆は、一気にイスピンを尊敬の念を送った。

特に、乳母には……泣くほど感激された。



その日から、マキシミンを起こすことが、イスピンの毎日の日課となったのだ。

……そしてまた、それがイスピンが出来る、唯一の仕事でも、あった……。





そして、イスピンの闘いは、これからも続く…。
マキシミンて低血圧ぽいよな…という独断と偏見の元に生まれたイスピン奮闘話。(笑)
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