SHOOTING☆STAR ◇ 第3話 彼と彼女の事情☆
「あぁ、丁度良かったわ、イスピンさん。」

「はい?」

廊下を歩いていると、突然呼び止められた。
声の聞こえた方に顔を向けると、自分と同じメイド……歳は、 自分より年上で…赤みがかった茶色の、癖のある長い髪、その顔はとても魅力的で、女性らしさがにじみ出ていた。

「ケイトさん。」

名前を呼ぶと、彼女は、ふんわりと笑った。
ケイト――この屋敷のメイド長を務めている。

ケイトは、足早にイスピンに近づいてきた。
なんだか少し、慌てている様な?
普段はとてもしっかりしていて、どんな事があっても動じない精神の持ち主だというのに。

「ど、どうしたんですか?」

「…それが、急にお客様がいらして…。」

「お客様…!?」

……って今、朝の8時なんですけど!?早いってもんじゃないよ!
寧ろ、非常識だよこんな時間にっっ!!

「それで、今応接間にいらっしゃるんだけど…………どうかしたの?そんな怖い顔して。」

「え!…あっいや別に…!あは、あはははは…。」

考えている事が、顔に出てしまったらしい…。

「そう?なら良いんだけど…。」

「…あの、それでどうしたんですか?」

「あ、そうそうイスピンさん、お客様にお茶を差し上げてきてほしいんです。」

「はいっ、分かりました!」

イスピンは、キッチンに向かうため、くるりと回って、走り出した。

「…あ、坊ちゃまの分もご用意してくださいね!」

「…………はーい…。」

ぶっきらぼうなその返答に、ケイトは思わず、くすりと笑った。





カチャカチャ――と、綺麗な装飾が施された陶器のティーセットを、 カートで運びながら、イスピンは応接間へと向かった。

応接間へと続く廊下の左側は、天井まで続くほどの大きな窓が並び、朝日が差し込んでとても綺麗だった。
反対側の壁には、絵画や壷などの装飾品が、ずらりと並べられている。
どれもこれも、きっと豪華なものなんだろう…。
ぼんやりとそんな事を思いながら、イスピンは応接間への道を進んでいた。

…………ん?誰か、いる…?

扉が近づくにつれて、いつもとは何かが違っていた。
遠目では、よく見えなかったが……人がいた。

窓を背に向けながら、壁を見つめていた。…掛けられている絵でも見ているのだろうか?

海を連想させる、その癖のある長い髪は、朝日に照らされ、輝いている。
その顔は、まるで造られたように、とても綺麗だった。横顔からでも分かる。

今来てる客の連れだろうか?

そんな事を思いながら、じっと彼に見入っていた。

ふいに、彼が気配に気づいて、こちらを向く。
思いっきり目が合ってしまい、驚いて、身体が、びくついた。

しかし彼は怯むことなく、ずっとこちらを見ている。

…な、何!?………うぅ…とにかくさっさと行っちゃおう…!

未だ受けた事がない類のプレッシャーに、イスピンは顔を伏せ、足早に去ろうとした。

真横を駆け抜け、完全に通り過ぎても………そのプレッシャーが消える事はなかった。

なんなんだよ〜〜〜〜…。

半泣き状態になりながら、イスピンは逃げる様に応接間に向かった。







――コンコンッ

「お茶をお持ちしました。」

そう告げると、扉の向こうから「入れ。」と促す声が聞こえた。
重々しい扉を開け、足早に中に入る。
扉を閉めた瞬間、思わず安堵のため息が出た。

そして、一礼する。

「わざわざ、ありがとう。」

聞こえてきたのは、主人と比べて高い声……きっとこの人が客人なのだろう。
ゆっくりと頭を上げると、最初に視界に入ったのは、皮製の靴……と、無駄なシワ一つない綺麗なパンツ…。

一瞬、自分の主かと思った。

しかし、顔を上げていくにつれ、その人物の身体のラインは、男性…寧ろ、女性特有のなめらかなもので…。
その胸は、惜しみなく女だと象徴している。

橙黄色の、片上で横に跳ねた髪と、翠緑玉の目を持つ、 雄雄しくキリっとした顔を持つ彼女は、イスピンと目が合うと、にっこり笑って――


「ひょっとして、お前が噂の『目覚まし時計』?」

「……は?」

無意識に、主を探した。…すると、中央に置かれているソファーの真ん中で、腕を組み足を組み、ものすごく不機嫌な顔をしている。
その目は、イスピンとは絶対あわせようとはしない。
イスピンは、思わず顔を顰めた。

「…実はな、今日、こいつの寝込みを襲おうと思ったんだ。」

笑いながら、あっけらかんと話す、客。

…寝込み?…襲う…?………………。

「あ、別に襲うって言っても、お前が毎日やってるのと同じような事なんだけど。」

「…はぁ。」

「そしたら、すでにこいつ起きててさ、驚いて思わず叫んじゃったよ。…で、聞いたら、『毎日ウザいメイドが起こしに来る』って言うからさ。」

…う、うざい……。

「こいつ、なかなか起きないだろ?まず、正攻法じゃ無理だよな。」

イスピンは、思わず頷いた。
視界の片隅で、マキシミンの顔がますます歪んでいるのが分かる。

知ってか知らずか、橙黄色の彼女は、楽しそうに続けた。

「…で、きっと型破りなメイドだろうなーと思ってたんだ。」

……型破り…。確かに…否定できないけど……。

「そんなに凹むな!誉めてるんだよ?私は。」

「……誉められるよう事してませんけど…。」

それってつまり、言う事聞かないダメメイドってことで…。

「まだ、名前言ってなかったな…私はミラだ。ミラ・ネブラスカ。」

「……イスピンです…。よろしくお願いします…ミラ様。」

イスピンは、ぺこりとお辞儀をした。
そしたら………笑われた…ミラ様に。

「ミラで良いよ!そういうの、嫌いなんだ!……そんな柄じゃないしね。」

…何がどう『柄』じゃないんだろう…?
不思議そうにミラを見つめていると、ミラは困ったように笑って、

「…こういうのさ、好きじゃないんだ。…上下関係?っていうのか?……でも、そんな事言ったって、この社会じゃそれが当たり前になってる。……分かってはいるけどね。」

「…はぁ。」

「さっき、イスピンの事を『誉めてる』って言っただろ?そういう、枠にとらわれずに自然に接する事が出来る……それってすごい事なんだよ。」

そう……なのかな…?
寧ろ、申し訳ない気持ちで一杯だ。……マキシミンに対してはともかく。

「…だから、私にも自然に接して欲しい。…お願いだ。」

どこか、寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。

イスピンは少し考えて、いった。

「……じゃあ、『ミラさん』って呼んでもいいですか?」

「…ああ、『様』じゃなきゃ、何でも良いよ!…よろしくな、イスピン。」

そういって、ミラはにっこり微笑んだ。
それは、とても綺麗で、凛々しくて。
イスピンも思わず、つられて笑った。





「何お友達ごっこやってんだよ、気持ちわりぃ…。」

和やかな雰囲気が、一瞬にして氷点下になる。
イスピンは、マキシミンを睨む…が、当の本人は全く気にしてはいない。
それどころか、相変わらずの口調で…。

「茶。」

……ははは……君何様のつもり…?

「はいはい今入れますよ!」

イスピンは笑顔で答えた。
…しかし、その笑顔はとても引きつっていて、声質といい、とても穏やかではない。

イスピンは、やや乱暴にカートを運び、中央にある机に向かった。

力任せにカップを置いてやろうか、と一瞬頭をよぎったが、破壊衝動に恍惚を感じる趣味はない。
それに、こんなに綺麗な物を壊すなんて…。

丁寧とも乱暴とも言えない手つきで、カップを二つ用意し、お茶の入ったポットを手に持ち……

――ドボドバドパ

勢いよくカップにお茶を注いだ。

しかも、

かなりの高さから。


当然、お茶は勢いに負けカップ内に納まらず、四方に飛びまくる。
しかも、マキシミンの目の前で注いだので、マキシミンにも容赦なく降りかかっている。

「…てんめぇ……いい根性してんじゃねーか…。」

「あぁごめんなさい。ぼくしんいりだからよくわからなくて。」

棒読みだ。

「あぁそうかそうか、じゃあきっちり出来るまで特訓しなくてはな……出来るまで茶だけで過ごせ!それ以外何も食うな!飲むな!」

「それって、拷問だよね?人権侵害だよね?いいのそんなことして?」

「はははは、心配するな!外部に漏れなきゃ全然OK!!!」

「うわっ!ひどっ!それって悪代官の考え方じゃないか!君見た目も中身も腐った出目金じゃないか!」

「出目金とは心外だな。俺のどこが出目金なんだ?眼鏡だからとか言うなよ?」

「眼鏡だから。」

「お前、今、世界中の眼鏡愛好家を馬鹿にした事になるぞ?あ?そんな理由で出目金呼ばわりされたら、眼鏡に失礼じゃないか!謝れ!

眼鏡かよ!
「…ぶっ…ははっ…あっははははははは!!!」

終わりの見えない口喧嘩に、終止符を打ったのは、笑い声――ミラだった。
今までずっと二人のやりとりを眺めていたが、耐え切れず噴出してしまった。
未だ腹を抱えて笑っている。
もっとも、喧嘩をしていた当人達にとっては不完全燃焼だったらしく、とても不愉快そうにミラを見つめて…いや、睨んでいた。

その視線に、ミラはすぐ気づいたが、身体の方は言う事を聞いてくれない。
ひきつけを起こし、呼吸困難になっていた。

爽快なミラの笑い声が、しばらくの間、微妙な雰囲気の漂う部屋に響いていた…。





「いやあ、悪かったね!」

と、言いつつも、その顔は全く悪びれていない。
寧ろ、清清しいほどにさわやかな笑顔だった。

マキシミンと違って、何だか憎めない…不思議な人だ。
上下関係が嫌いだというし、変わっている。

「…何か聞きたい事でもあるような顔だな?」

「…えっ!?あ…いやその…。」
「遠慮するな!何でも聞いていいから!」

そういって、ミラは笑う。
本当に、不思議な人だ…。

「…じゃあ…ミラさんとマキシミンってどういう関係なんですか?」

「ふふ、直球だね。……そうだな…強いて言うなら………『腐れ縁』?」

「…『腐れ縁』?」

「……俺の親父とこいつの親父が知り合いなんだよ…。」

「そっ。…で、時々遊びに来てたって訳。『幼馴染』って呼べるほどそんなしょっちゅう会ってなかったし、
かといって、全然知らない訳じゃない…だから、『腐れ縁』?」

「…はぁ。」

「で?次は?」

「え!?…えーと…あ、じゃあ、ミラさんて何してるんですか?」

「外交官だよ。ほとんど外国を飛び回ってる。丁度こっちに来たついでに、寄ってみたんだ。
…あぁ、悪いね、いつもならお土産の一つや二つ持ってくるんだけど…生憎今日は手ぶらなんだ。」

ミラは申し訳なさそうに笑った。

「いえ、別に気にしないでください!」

「大体、マキシミンが、愛想無さすぎなのが悪い。 何持ってきても無反応だし、つまらないんだよ。」

「うるせぇ…勝手に押し付けてくくせに。」

「ほら、ね?」

「……プッ。」

「笑うな!つーかお前いつまでココにいる気だよ!
仕事しろ仕事!!」

「君に言われたくないよっ!……じゃあ、僕はこれで…。」

マキシミンに言われたからじゃないけど、実際他にやる事があるので、イスピンは素直に部屋を出ようとした。

「……あ、そうだイスピン…。」

「……?ミラさん?何ですか?」

「……気をつけろ…。」

「…はい?」

イスピンは思わず首をかしげた。
何に気をつけるかさっぱり検討がつかない、のもある。
それに何より、

ミラがとても楽しそうに笑っているからだ。

「何の事ですか?」

「…部屋の外に男がいたろ。」

「……あぁ。」
あの気持ち悪いほどじろじろ見てたあの男か。

自分も見ていたことをすっかり忘れている。

「あいつ、ジケルって言って私の秘書やってるんだ。」

「………はぁ。」
そうなんだ…。

「私が言うのもなんだけど……




ぶっちゃけ盛りのついた雄犬なんだ。」

…………。

「――だから、…気をつけろよ?」

そういって、ミラはにっこり微笑んだ。

「…………失礼しました…。」

イスピンは、まるで、人形のように、ぎこちなく動いて、部屋を出ていった……。



「……相変わらずだな。」

言ったのは、マキシミンで、ずずっと、お茶を飲んだ。

「何が?」

ミラは、にっこり微笑んだ。

「…ま、俺には関係ないけど。」

そうつぶやきながら、またお茶を飲む。

こういう性格なのは、今までの付き合いの中で重々承知している。
まぁ、矛先が俺に向かないだけマシ、か。

とはいえ、完全回避出来てるわけでもないんだがな…。

マキシミンは、目の前の人物――とても楽しそうにお茶を飲んでいるミラ――をちらりとみると、思わずため息が出た。




「良い娘に会ったんだな。」

「…は?イスピンのことか?」

「そうだ。」

マキシミンは意味が分からず眉をひそめる。
誰が、『良い』娘だって…?

「あの娘は、実家からの派遣?」

「…………いや…道で拾った…。」

「拾ったって…犬や猫じゃあるまいし……。」

ミラは、声を押し殺して笑っている。
『泥棒猫』なんだから、あながち嘘でもない…っていうか…。

「いつまで笑ってんだよ!そんなにおかしいか!?」

「…いやっ…こっちのっ話だっ……気にするなっ…!」

「気にするわっ!!」

相変わらずマイペースな彼女に、マキシミンはため息をつくしかなかった…。






「じゃ、今度来る時は、お土産持ってくるからな…期待してろ!」

「…………いつもロクなもん持ってこねーくせに…。」

「ん?何か言った?」

「…別に。」

リフクネ邸の玄関でのやりとり。
毎回同じ事を言ってる気がする…。

ミラは、馬車に乗り込むと、マキシミンに向かって手を振った。
そして一呼吸後に、馬車が動き出す。

……騒がしい朝だった。
マキシミンは、眩しくなる日の光をうっとおしそうに睨みつけ、そして家の中へと入っていった…。






「…で、誰が『盛りのついた雄犬』だって?」

馬車が動き出したと同時に、隣に座っている人物が言った。
しかし、ミラの視点は窓の外で動く気配は無い。

「違うのか?……『マダムキラー』?」

どことなく、楽しそうだ。
対する相手も、視線は反対側を向いていて。

「おかげで、あの娘に変な目で見られたんだから……それにミラだって同じだろ?社交界じゃ、有名だぜ。」

やはり、彼も楽しそうだった。

「アレは、社交辞令だ。お前と違ってやましい事は何にもないからね。」

「俺だって……あれは向こうから寄って来るんだよ。俺も何にもないさ。」

彼は肩をすくめる。

「『据え膳食わぬは男の恥』……って言うじゃないか。」

ミラはくすくす笑う。
思わず、彼――ミラの秘書であるジケルは咳払いをした。

「そういえば…あの新しいメイド…どこかで会った事ないか?」

…話をそらした…。まぁ、無理も無いか…。
ミラは思わず笑う。

「なんだ、お前もそう思うのか。…実は私も気になっていたんだ。…でも、どこで会ったのかさっぱり検討がつかなくて。」

「『俺達』がそう思うんなら…何かあるのかもしれない…あの娘。」

「……どうだろうな…他人の空似って事もある。」

「…そうだな……それはそうと、…ミラ、分かってるのか?」

「何が?」

「おいおい…。」

「冗談だ!冗談!…分かってるよ、今夜……だろ?」

そしてミラは、視線をジケルに移した。
ジケルも、ミラの方を見ている。

二人同時ににやり、と笑い、

そして二人同時に視線を窓へと移した。

「楽しみだな…今夜。」

楽しそうにつぶやいたミラの声を、ジケルは聞き逃さなかった。
それに思わず、彼は笑った。
ブログのほうでは、肝心の話を書くのを忘れたという大失態…。(-_-;)

ミラとジケルの会話の意味は!!?そして今夜、一体何がっ!!?? 色々謎をばら撒きつつ、次はまた新たな出会いが訪れます。(笑)
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