SHOOTING☆STAR ◇ 第5話 人間ってめんどくさい生き物だよね☆
イスピンは、上機嫌で、大通りを歩いていた。

先日の初めてのお使い事件から、休暇をもらえるようになった。しかも、こうやって外にも出れるようになった。

もちろん、メイド服ではなくて、私服で。

といっても、持っている服は、支給されたメイド服と、例の事件で貰った服しか無いわけで…。
しかし、イスピンは気にしなかった。綺麗な服を着れるだけで満足だった。
昔は、汚れた服を着るしかなかったから…。それに比べれば、すごく満足している。

それにしても…。

イスピンは、横目ですれ違う人々を見ていた。

僕でも、綺麗な格好さえしていれば、蔑まれないですむんだね…。

スリをするしか生きる術が無かった頃。
こんな大通りを歩いていたら、皆汚らわしい物を見るような目で見られた。

見た目さえ普通なら、それでいいんだ…。

それがどこかおかしくて…そして寂しかった。

やりきれない気持ちになって、足元にあった小石を蹴った、

その時。



「――――。」

かすかに、声が聞こえた。どこか叫び声に似た、女の子の、声。

声がするほうへ顔を向けると、そこは入り組んだ住宅街に入る路地。
壁に、人影が映って、動いている。

家も親もいない子供は、自分以外にもたくさんいた。
困った時は、みんなで助け合った。
理由なんて無い、そんな事当たり前だ。

イスピンは、考えるよりも動いていた。

進むと、人の姿が見えた。2人…3人…男の後姿が見える。
そして、男の隙間から…もう1人…少女だ。

一瞬、

目が合った、ような気がした。

イスピンは、男の間を割り込み、少女の前に立ちふさがった。
そして、真ん中にいる主格と思わしき、長い金髪を持つ青年を睨みつける。

「何だ?お前は。」

不満そうに主格の男がうなる。取り巻きと思わしき、黒い髪の、同じ顔をもつ二人も何か言っている、が、聞こえない。

「女の子一人に男三人て、卑怯者のすることだよ。」

怒気を含んだ、低い声で言った。後ろの少女が、震えた手でイスピンの腕を掴む。

「彼女は俺の婚約者なんだ。お前には関係ないんだよ。」

バカにしたような目つき…気にいらない。

「まだっ…決まった訳じゃありませんっ…!」

搾り出すように、後ろの少女が叫ぶ。
しかし、青年はそれを鼻で笑った。

…気にいらない。

「もう決まったようなものだ。いい加減諦めたらどうだ?…ティチエル。」

「嫌ですっ…!誰が…あなたなんかと…!」

掴む手が、更に震えてきた。

「嫌がってるじゃないか!!」
「黙れ!さっさとそこをどけ!!」

青年が、イスピンの肩を掴もうとした。

が、

イスピンが青年の前に、何かを突きつけた。

「…なっ…いつの間にっ…!」

それは、高価そうな皮製の財布。割り込む時に、スったのだ。

「返せ!」

財布を掴もうとするが、イスピンは器用に避ける。

「どうする?」

勝ち誇ったように、イスピンは笑う。
青年の顔が、悔しそうに歪んだ。

その時、

「おまわりさーん!こっちこっち!」

遠くで叫ぶ、声。

と、同時に、イスピンは財布を投げた。それは、遥か遠くに落ちる。

「くそっ。」と、青年は財布を追いかけ、拾うと、一瞬こちらを睨み、そしてそのまま走り去った。

「大丈夫!?」

と、青年が去った方と反対側から駆けてくる少年。くせのある、金の髪、そしてどこか幼い顔立ち。

「ルシアン!」と、後ろにいた少女が、やってきた少年に抱きついた。

「だから一人で出歩くのは危ないって言ったじゃない!」

「ごめんなさい…。」

どうやら知り合いらしい。もう大丈夫だろう、とイスピンは彼らから背を向けた。

「でも良かった、何もされてなくて!あいつら何するかわかったもんじゃないからね!」

「あ、そうなんです!彼女に助けてもらったんです〜!!」

――タッタッタッ…ギュッ!

「うわぁっ!!」

いきなり後ろから抱きつかれた。思わず後ろを振り向くと、少女があどけない顔でコチラを覗き込んでいる。

「どこに行くんですかぁ〜?」

「…え、いや、帰ろうかな、と…。」
ココにいたって、どうしようもないし…。

「ぜひうちに寄ってってください〜!お礼がしたいんです!」

「…え、いやその…。」

「君すごいね!女の子なのにあの3人に立ち向かうなんて!」

「そうなんですっ!すごかったんですよ〜!!」

「え、何々!?何があったの??」

「詳しい事は、ウチについてからです〜!」

「えー、教えてよー!」

「うふふ、後でゆっくり話しますっ!」

「…えと?ちょっと?あの、二人とも何勝手に腕掴んでるんですか!? 僕まだ行くなんて行ってないんですけどっ!!」

あぁなんか前にもこんな事あったような…。

「あ、そうだ、新しいお茶持ってきたんだ!それ飲もう!」

「うわぁ〜良いですねっ!確かお菓子もあったはずですっ!」

「じゃ、お茶しながら話そうね!」

「はいっ!」

「…って聞いてますか二人とも!?」

イスピンの訴えにも聞く耳持たず…こうしてイスピンは、ほぼ強制的に連れて行かれたのだった…。





「ただいま戻りましたっ!」

家に着くなり、元気に挨拶をするティチエル。

「お邪魔しますっ!」

続いてルシアンが叫ぶ。

イスピンは…というと…。

「…ま、またでかい家…。」

ティチエルの家のすごさに、打ちひしがれていた。
どうして、こう、出会う人は金持ちばっかりなんだろう…。
いや別に金持ちが嫌いなんじゃなくて…正直こんな所にいると生きた心地がしない。
リフクネ邸はともかく、こう、客人としてもてはやされるのが、しんどい。

「ティチエルの家は、宝石商をやってるんだ!」

呆然と立ち尽くすイスピンを見かねたのか、隣でルシアンが言った。

「あ、自己紹介がまだだったね!僕はルシアン!ルシアン・カルツって言うんだ!」

「私はティチエル・ジュスピアンです〜。ルシアンは幼馴染なんですよ〜。」

そういい終わると、キラキラした瞳で、イスピンを見つめている。
まるで、主人に構って欲しい子犬のように…。

「……僕は、イスピン…。」
「へぇ〜イスピンって言うんだ!よろしくね!」
「よろしく〜☆」

「…よ、よろしく…。」

うぅ…なんだこの二人は…。(汗)


「あら、ティチエルどこにいってたの?」

「ママ!」

奥の部屋から、女性が出てきた。ティチエルの母、らしい。

「おばさんこんにちは!」

「ルシアンも着てくれたの?…丁度良かったわ、今ボリスさんが見えて…
「え、ボリスが来てるの!?」
「うわぁ〜大集合ですねっ☆」

二人は、ドタドタと走っていった。

「あぁ、応接間にいるわ。後でお茶とお菓子を持っていくわね。」

『はぁ〜い!』

…っていうか…僕…置いてけぼり?

呆然としていると、ティチエルの母親が近づいてきた。

「ごめんなさいね、びっくりしたでしょう?」

「…ええ、まぁ…。」

「あんな子達だけど、仲良くしてあげてね。本当はつらいはずなのに、全然そんな風に見せなくて…。」

つらい事…ふと、先ほどの事を思い出す。

「…あ、ごめんなさい!お客様にこんな事言うなんて…
「イスピンさ〜ん!!こっちです〜!!」

廊下の突き当たりで、ティチエルが手を振っていた。

「…全くあの子ったら、いつまでたっても子供なんだから。」

そう言った母親の顔には、さっきまでの暗い表情は無かった。

「あの子達のこと、よろしく頼むわね。」

「…はい。」

友達として、力になってあげて欲しい、そう言われたような気がした。

イスピンは、会釈すると、ティチエルの方へと歩いていった。




「ボリス!」

「…ルシアンも来てたのか。」

「何だよそれ!まるでいちゃいけないみたいじゃないかー。」

ルシアンは、頬を膨らませる。

「そうじゃなくて…。」(汗)

「ま、いいけどね!新しい友達が出来たから、僕は今日は上機嫌なんだ!」

…それって僕の事?…っていうか、いつの間に『友達』に昇格したんだ?

「友達…?」

ボリスは、入り口に立っているイスピンを見た。

漆黒の、長い髪、長身で、そして…ブルーグレーの瞳…。


…………あ…れ……。

一瞬、頭の中に、浮かぶ、一つの情景…。

…なん…だろう…?


「どうかしましたか〜?」

ティチエルが、顔を覗き込んだので、ふと我に返った。

「…あ…。」

「??」

「……いえ、別に…気にしないで…。」

ティチエルは、ますます首を傾げる、が、ノックする音がそれを遮らせた。

「はぁ〜い!」と、ティチエルが扉をあけると、使用人が、ティーセットとお菓子を持ってやってきた。

「あーーーー!!」

「…どうしたルシアン…大声出して…。」

「…僕、お茶持ってきたのに…忘れてた…。」

ルシアンは頭を垂れた。そんな大した事でもないのに、本気で落ち込んでいる。

「それはまた今度飲めばいいだろう?」

「そうですよ〜!次に皆揃った時に飲みましょう〜!…ね!イスピンさん!」

「うぇ!?」
だからどうしてその『皆』に、僕がカウントされてるの…!?

「イスピンさん?」

「え、あ、…そ、そうですよ…!」

促されるように、思わず返事をしてしまった…おまけに笑顔が引きつっている…。

しかし、ルシアンは、

「…うん!そうだね!」

と、気にしてはいない様子で。

「せっかくだから、外で飲もうよ!天気もいいし!」

「じゃあ、お庭の方に移動しましょう〜☆」

「GOGO!!」

外身も中身も似ている二人は、ぱたぱたと慌しく部屋を出て行った。

…ああ…なんか…すっごく疲れる気がするんですけど…。

肩がいきなり重くなったような気がした。


部屋に取り残されたのは、イスピンと……ボリスの二人だけ。

…そういえば、さっきのはなんだったんだろう…?
…まるで…前に会った事のあるような……これってデジャヴ…なのかな?

ふと、彼と目が合った。思わず、身体をこわばらせた。

ボリスはというと、特に気に留めなかったようで…。

「…こっちだ。」

…と、二人の後を追った。

イスピンは、その後姿を見ながら、未だ不思議な気持ちのまま、着いて行った…。




「そういえば、まだ紹介してなかったよね?」

ルシアンが、ボリスとイスピンの顔を交互に見ながら言った。
庭に置かれた、白いテーブルとチェア。4人は、そこに囲んで座っていた。

「こっちが、ボリス!僕らの友達だよ!」

「…で、こっちがイスピンさんです〜!さっき助けてもらったんですよ〜。」

「よろしく。」

「……よろしく…。」

…なんかまるでお見合いだなぁ…。(汗)

丁度、真正面にボリスが座っている…何だか、気まずい…。

他二人はというと、ティチエルは先ほどのイスピンの勇姿を、身振り手振りに効果音つきで、克明に語っており、ルシアンはそれを食い入るように聞いていた。

「…あは…ははは…。」

苦笑いするしかなかった…。



「……で、イスピンさんが、いつの間にか服の中にあった財布を盗ったんです〜!」

やばい…!
「…財布を……盗った…?」

…と思った時には、時すでに遅し…。…ばれた…絶対ばれた…。懐にある財布を盗るなんて、一日やそこらで習得できる技術ではない。

自然と、視線がだんだんと落ちていく…。



「…ね!?すごいでしょ〜☆」

知ってか知らずか…隣に座ってるティチエルは、能天気にはしゃいでいる。

「…?どうしたんですかぁ〜??」

さすがに空気の重さを察したのか、ティチエルは小首をかしげる。


「……イスピンさんは、悪い人じゃないですよ。」

それは、先ほどの無邪気な声色ではなく…。

「イスピンさんは、困ってるわたしを助けてくれました…それが、証拠です!」

そう言って、無邪気に笑う。
それでもイスピンは、顔を上げようとはしなかった。

ティチエルは、イスピンの手を握った。
それに反応して、思わずイスピンは、ティチエルの顔を見た。

「わたしは、信じてます!イスピンさんは、絶対、悪い人じゃないって!」

「そうだよ!」

答えたのは、反対側にいるルシアン。

「人助けは、良い人がするんだよ!僕もそう思う!」

二人は、にこにこと笑っている。
この二人は…本当に分かっているのだろうか?

人助け…と見せかけてもっと酷い事をする連中はたくさんいる…。

その事を、分かっているのだろうか?それでも――

「…ありがとう…。」

――嬉しかった。

ティチエルは、答えるように笑って、ルシアンは照れくさそうだった。

「あ!」

ルシアンは何かに気づいて、立ち上がった。

「もうお湯が無いよ!…僕、入れてくるね!」

「それならわたしが行きます〜!」

「大丈夫だよ!力仕事は男の子に任せて!……行こう!ボリス!」

「…え?」

ルシアンは、強引にボリスの腕を引っ張り…家の中へと入っていった。

「イスピンさん!お菓子でも食べて待ってましょ〜!」

そう言って、クッキーを頬張るティチエルを見ていると、いつの間にか顔が緩んでいた。




「ボリス、この話はもうおしまい!分かった?」

「…しかし…。」

外からは死角になる部屋の陰。
ルシアンとボリスは、外の様子を伺いながら、小さな声で話していた。

ルシアンの手にはポット。片手だけでは重いのか、もう片方の手で底を押さえている。

『お湯をとりに行く』のは単なる口実。本当は、イスピンのいないところで話したかった。

「…僕だって、ボリスの言おうとしてることは分かるよ…子供じゃないんだもん。」

ルシアンは、頬を膨らませる。言葉とは裏腹に、どうみてもその仕草は子供っぽい。

「でも、イスピンは悪い子じゃないよ。…なんていうか、正直な子だよね〜。考えてる事が表に出てるっていうか。」

「…………。」

「ボリスもそう思うでしょ?」

「…あぁ。」

「……それに、財布を盗んで生活しなきゃいけない様にしたのは、僕たちのせいでもあるんだから…咎めるなんて出来ないよ…。」

「…………あぁ。」

いつの時代も、裕福に暮らしている人もいれば、逆に貧しい生活をしている人もいる。
ルシアンは、分かっていた。今ある生活が、どれほどの犠牲の元で成り立っているのかを。

そして、ボリスも分かっていた。

「…本当なら、俺達を恨んでいてもおかしくないだろうな…。」

「……そうだね…きっと、とても良い人に巡り会えたんだろうね!」

そう言ってルシアンは、笑った。それにボリスもつられて笑う。

「…さ、行こう!早くしないとお菓子がなくなっちゃう!」

「…そうだな。」

子供っぽい理由に、思わずボリスは笑ってしまった。



楽しい時間というものは、あっという間に過ぎていくもので…。

「…僕、そろそろ帰らないと…。」

イスピンは、落ちかかった夕日を見ながら、言った。
休日とはいえ使用人の身、いくらなんでも夕食時までには帰らなくては。

「そうですかぁ…残念ですぅ…。」

ティチエルは、しゅんと項垂れた。しかし、次の瞬間には顔を上げて、

「また!遊びに来てくださいね!」

と、明るい笑顔を向けていた。

「じゃあ、僕も帰ろっかな。」

「えぇ〜!?」

それが予想外だったのか、ティチエルは思わず立ち上がった。

「イスピンと帰る方向同じなんだ!だから一緒に帰ろうと思って!」

「…え?」
そんな話をした覚えはない。

「それじゃ、俺も…
「ボリスはまだ帰っちゃダメだよ!」

「…何故だ…。」

「だってさっき夕食ご馳走になる約束…しちゃったし…。」

それは、先ほどお湯をとりに行った時の事。偶然おばさんに会って、話をしていたら、そんな流れになった。

「だから、ボリスは夕食食べていってよ、僕の分まで!」

「だったらルシアンも…
「僕は、急用を思い出したからダメなの!」

ルシアンが、一度言い出したらきかない事は、いやというほど分かっていた。
ボリスは、諦めたように、息を吐いた。

「……分かった。」

それに満足したのか、ルシアンは万遍の笑みを浮かべた。

「じゃあ、僕たち帰るね!」

…と、イスピンの手を掴んで足早にその場を去ろうとした。

「またね!」

「…え、あ…それじゃ…!」

二人は、振り向きざまに手を振って…そして消えていった。

残されたのは、ティチエルと、ボリスの二人だけ。

「……二人だけになっちゃいましたね〜…。」

「…………あぁ。」

なんとなく、気まずい雰囲気。

赤い夕日が、二人の姿を照らしていた…。



「イスピンの家はどっち?」

「……えっと、左…かな。」

「あ、ホントに同じなんだ!」

ジュスピアン家の門の前でのやりとり。
ルシアンの意図がさっぱり分からなかった。
さっきのボリスとのやり取りにしても、半ば強引に近い。

二人は、並んで、左の道を歩き出した。

「…………。」

「…………。」

「…………。」

「…………。」

沈黙。…とても気まずい。

「…………。」

「…………。」

「……あのさ…。」

「…え!?な、何!!?」

「ボリスはね、ティチエルの前だと何話していいのかわからないんだって。」

「…はぁ…。」
いきなり何の話だ?

困惑するイスピンをよそに、ルシアンは構わず続ける。

「ティチエルはね、ボリスと二人っきりだと、どうしていいか分からなくなるんだって。」

「……はぁ…。」
な、何なんだ…??

ルシアンの足が止まり、イスピンの目を見た。

「イスピンは、この二人の事どう思う?」

「…………お互いに苦手…とか…?」

「イスピンて、鈍いんだね…。」

「はぁ?」
いきなりどうしてそうなる!?

ルシアンは、ため息をつくと、再び歩き出した。

「…さっきから一体何の話なんですか!?」

耐え切れず聞いてみると、ルシアンは顎に左手の人差し指をあてて、考え、そしてにっこり笑って言った。

「イスピンがスリーサイズ教えてくれるんなら、教えてあげる!」

「なっ…!!??」

反射的に、顔が赤くなる…が、ルシアンは気にしていないようで、

「あ〜ぁ、僕の周りにいる人達は、どーしてこんなに鈍いんだろ〜。」

…と、赤く染まった空を見ながらつぶやいた…。

その顔は、今までの子供らしい顔立ちではなく…。

ルシアンとティチエル…そしてボリス。
この3人に待ち受ける運命を、この時のイスピンは知る由もなかった…。
自称婚約者+2=バカ三人組
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