■ Maximin & Ispin [ first love ] 1
ナルビクにある、名門アクシピター学園。
この学園は、初等部から大学院までその広大な敷地内に存在しており、 そのシステム、設備、教育方法等が高く評価されている。

特徴の一つは、エスカレーター式ではないということ。

正確には、中等部から高等部に進学するためには、外部受験者と同じ条件を満たさなければならない。
偏差値はもちろん、学費等々も含めてである。

これには、設立者の考え合っての事だった。

義務教育を終えるその時、自分自身と向き合って欲しい。 自分達の道を、ちゃんと目標を持って決めて欲しい、という願いからである。

その願い通り、これを機に他の学校へ進学する学生も少なくはなかった。
高等部に進学する学生も、それなりのリスクをおわなければならない。 それも理解したうえで、高等部へと進む学生達もいるのだ。

『子供達が夢に向かって進めるように。』

そう願い、造られたからこそ、名門と呼ばれる所以なのである。


そして初等部、及び中等部はその集大成だった。

校区内の子供達が通える普通科のほかに、各部門各技術に特化した科が存在している。 しかし、それはあくまで未来への架け橋にすぎない。

在学中に見初められ、他の上位学校へ引き抜かれる、なんて事はよくある話だった。
寧ろ、率先してコンクール等に出させていた。
夢をかなえて欲しい、という願いからである。

…また、逆に挫折する子供達も少なくはなかった。
途中で普通科に編入したりする子もいた。

しかしそれもまた、新たな自分の可能性に気づくチャンスでもあるのだ。




そして、彼、マキシミンもまた、分岐点に差し掛かっていた。


初等部3年の終わり、仲が良かった友達が他の学校へ編入する事を知った。
彼は、専門、学年も違ったものの、よく話が合った。

周りの子はライバルとしか思えなかったマキシミンにとって、それは心の支えでもあった。

彼とあった、最後の日…彼が言った。

「俺、頑張るからさ!お前もガンバレよ!!…で、いつか同じ舞台に立とうな! お前の演奏で、俺が歌うんだ!約束だぞ!絶対だかんな!!!」

「……うん。」

そう、差し出された手を握った。
さよならは言わなかった。

お互い、いつか会えると信じていたから――。



そして4年に進学した。

演奏は、その弾き手の心を表すという。


支えを失った彼は、徐々に腕が落ちていった。






「おまえ、親いないんだろ?俺のママが言ってたぜ。」

「…………。」

一人の女の子が、数人の男の子に囲まれていた。
女の子は黙ってうつむいていた。胸に握りこぶしを置いて、耐えているようだった。

「俺んちも言ってた。『あの子は可哀想な子だ』って。なぁ、おまえ可哀想なのか?」

「黙ってないで何か言えよ!」

男の子の一人が、女の子の肩を押した。
しかし、女の子は、下を向いたままだった。

その様子に、男の子達はイライラした。
罵声を浴びせようとした、その時――。


「こらーーー!!何やってんのよーーーー!!!」

「やっべ!シャルルだ!!」

「逃げろっ!!」

遠くから走ってきた女の子に気づいて、男の子達は一斉に走り出した。

「逃げるなーーーーー!!!」

しかし、男の子達はあっという間に遠くに行ってしまった。

「…まったく、明日になったら覚えてなさいよ…!!
……大丈夫?ティチエル?」

「〜〜〜〜っ!…イスピン〜〜〜!!!」

いじめられていた女の子――ティチエルは、イスピンの顔を見て安心したのか、わっと泣き出した。
イスピンは、大丈夫とティチエルの頭を撫でた。

「…ふん、ばっかみたい!!」

「…やめなよルシアン…。」

イスピンが睨んだその先には、頭に手を組んで、明後日の方向に向いている男の子がいた。
その隣で、制するようにルシアンの制服を引いている男の子――ボリスがいた。

「ルシアン!今なんていったの!?」

「『ばっかみたい』って言ったんだよ!だってそうじゃないかー! そんなことで泣く事ないじゃんかよー!!」

「ルシアン…!!」

その時、乾いた音が鳴り響いた。
ボリスは思わず、目を閉じた。

その音に、ティチエルも、そして駆け寄っていたレイの足も止まっていた。

ルシアンの頬が赤くはれている。
イスピンが、その頬を叩いたのだ。

ルリアンは、一瞬何が起きたのか分からなかった。

しかし、徐々に伝わってくる痛みと目の前にいるイスピンの仕草で、自分が叩かれたのだと分かった。
痛みと、そして悔しさで目の奥から何かがこみ上げてくる。

ルシアンは、一つイスピンを睨み、そして背を向けて走っていった。

ボリスが慌ててその後を追っていく。

「…なによ、言いたい事があるんなら言えばいいじゃない。」

その言葉に応えるように、遠くにいるルシアンがくるりとこちらを向いた。

「イスピンのぶああああぁぁぁぁか!!!
お前みたいなゴリラ女なんか、ぜええええっっっったいお嫁になんかいけないよーーーーー!!!!!」

「んなっ…!!
ルシアンーーー!!!!」

その言葉に、ルシアンは再び背を向けて走っていった。

イスピンは追おうかと足を動かしたものの、ルシアンの逃げ足の速さを思い出した。
もうすでにルシアンの姿はほとんど見えなくなっている。

「あした、覚えてなさいよ!」

イスピンは踵を返すと、今まで怒鳴っていたのが嘘のように、笑顔を見せた。

「さ、帰ろっ!」





イスピンとティチエルとレイ。
この三人は学園内の学生寮に住んでいる。
…と言っても、イスピンは祖父母がこの学生寮の管理人をしているためそこに一緒に住まわせてもらっている。
ティチエルとレイは、身寄りがないと言う事もあって、特別に信頼の置ける学生の一人と一緒に、女子寮に住んでいた。
だから下校も、勿論登校もいつも一緒だった。

「ティチエル、大丈夫?」

「うん、ありがとう、イスピン。」

泣いて赤くなった目をこすりながら、ティチエルは笑った。

「あぁでもホント頭に来る!ルシアンのやつ、明日絶対しめてやるっ!」

「イスピン…そんなこと言っていると本当にお嫁に行けなくなっちゃうわ。」

「レイまでそんなこと言って…。別に良いんだもの。私、そういうの興味ない。」

「えっ…イスピン、好きな人とかいないの??」

「いない…っていうか、ありえない!」

「どうして?」

「…だって、男の子って皆乱暴で、野蛮だし…いつもケンカ吹っかけてくるし…。
だから、好きになるなんて絶対ないよ!」

ティチエルとレイは、思わず顔を見合わせた。
確かに、イスピンの言っている事はわかる。けれど――。

「…でも。」
「ああもうこの話は終わり!何かムカムカしてきた…ルシアン!絶対許さないんだから!」

そう勇むイスピンの後姿を、二人は心配そうに見つめていた。




「ルシアーーーーン!!!」

「げっ!!やばっ!!」

次の日、イスピンは朝一でルシアンを捕まえた。

「昨日の事覚・え・て・る・よ・ね??」

「な、何だよ!別にホントの事じゃないかっ!!」

「何ですってー!!」

イスピンはそう拳を振りかざした。
ルシアンは思わず身構える。

イスピンはふと、昨日の事を思い出した。

男の子を好きになる事なんてあるのかな…。

目の前にいるルシアンは飛んでくるであろう拳を受けるために、
腕でガードしている。

ルシアンは、いつも何だかんだでイスピン達に突っかかっていた。
ティチエルにちょっかい出して泣かせて、それをみたイスピンがルシアンを成敗する。
大体いつものパターンだった。

ルシアンが何故ティチエルを泣かすのか、なんて分からない。
きっと理由なんかない。楽しいからに決まってる。
昨日の、男の子たちのように――。


「…やっぱりありえない。」

「…え?」

いつまで経っても飛んでこない拳に、ルシアンは恐る恐る腕を広げた。

「……なんかもう、どうでもいいや。」

「…は?」

イスピンは、呆れたようで、そのまま去ってしまった。

「なんなんだよ〜〜!」

あんなに怒っていたのに…。
ルシアンはわけが分からず、そのまま立ち尽くしていた。




その日の午後だった。
周に一回、委員会が行われる日がある。

イスピンは、この頃からずっとクラス委員をしていた。
他にやる人がいない、適任者がいない…という、大体皆からの推薦だった。
イスピン自身、こういう事は嫌いではないので、別に貧乏くじだ、なんて思ってはいなかった。

いつもは、大体1時間ぐらいで終わるのに、今日はずいぶん長引いてしまった。
もうすぐ遠足がある。その準備に追われていたのだ。

いつも騒がしい校舎の中は、とても静かになっていた。

きっと、もう帰っちゃっただろうなぁ…。

イスピンは教室に戻って、急いで帰る準備をした。
帰ったら、ティチエル達と一緒に、宿題をやる約束をしていたのである。

準備を済ませ、教室を出た時だった。

どこからか、綺麗な音色が聞こえてきた。

今まで聴いたことのない、とても綺麗な音だった。



何故だか分からない。

だけど、その音に、とても惹かれていた――。
site up 08----