■ Maximin & Ispin [ first love ] 4
「あれ、ミラさん…?」

彼女と会ったのは、高等部学生寮のロビーだった。
彼女は管理人室の扉の前にいる。丁度、訪ねようといていた所のようだった。

彼女は、緑のリボンと、ラインの入った制服を着ている。
対してシベリンは赤いライン。彼女は一つ上の学年だった。

「ああ、シベリン、ちょうどよかった。」

「ちょうど?」

首を傾げつつ、彼はミラに近づいた。

「何かあったんですか?」

「うーん、実はな…ティチエルとレイが帰ってこないんだ。」

「ええっ!?」

ミラとティチエル、レイは同じ部屋で暮らしている。
高等部の学生寮に高校生以外の人間が住むのは異例中の異例。
なのに、そんなことが可能なのは、彼女の裏の顔のおかげであろう。

「いつもならとっくに帰っている時間なんだけど。
もしかしたら、イスピンのところかと思って。よく遊びに行っていたようだし。」

「…なら、心配いらないんじゃないですか?」

安堵するシベリンに対し、ミラは渋い顔をしていた。

「…いつもならカバンや制服を着替えて行くんだけど、部屋を見たけど、その様子もなくて。」

「…今日はたまたま、部屋によらずにそのまま直行したとか。」

「う〜ん、私もそう思ったんだけどね…ま、とりあえず確認しとこうと思って。」

そう言って、親指を立て、管理人室の扉を指した。

「そうですね…俺も付き合います。」

二人は顔見合わせ、頷くと、管理人室の扉をノックした。

扉の向こうで物音がして、ガチャリと扉が開いた。
中から出てきたのは背中の丸い老人だった。

「はいはい、どちら様…おやおや、これはこれはミラ様ではありませんか。…それに、シベリン様も。」

老人は、二人の顔をみて、ふかぶかと頭を下げた。

「…して、今日はどのような御用で…。」

「えっと…ティチエルとレイが、こちらにお邪魔していませんか?
部屋に帰っていないようなので…もしかしたらこちらかと思いまして。」

「…いえ、今日は来ていませんが…。」

「そうですか…。」

二人の落胆の表情を見て、老人は、何か気付いたようだった。

「…あの、実は……イスピンもまだ帰ってきていないのです。」

『え?』

「ここ最近、帰りが遅いようでして、私どもも心配していたのですが、本人が『委員会で遅くなった』と言っていたので…。」

それを聞いた途端、シベリンの顔が曇った。
ミラは横目でそれを確認すると、ため息をつく。

「わかりました、ありがとうございます。ちょっと初等部まで様子を見てきます。
もしかしたらまだそこにいるかもしれません。」

「よろしくお願いします。」

会釈を交わし、二人は管理人室を後にした。

「…というわけだ。初等部に行くぞ!…ほら、待っててやるから荷物置いてこい。」

「は、はい!」

シベリンは慌てて男子寮に繋がる扉に向かって走り出した。
その後ろ姿を眺めながら、ミラはやれやれ、とため息をついた。




イスピンがしばらく彼にいろいろ説明をしている。
そして、イスピンは四人の方を見た。つられて彼も、四人を見る。

それを合図に、四人は二人の元へ駆け寄った。

「えっと、マック君。音楽科の生徒なんだって。」

マックと紹介された子は、照れくさそうに「よろしく。」とだけ言った。

「わぁ、音楽科の人ですか!わたし初めてみました!」

初等科と中等科は、学科毎に建物が違う。
一つの棟に各学科に必要なものがあるため、基本的に他の学科の人間に会うことがめったにない。

四人は、初めて会う別の科の人間に興味津々だった。

マックは、次々と質問されて、戸惑い気味ではあったが色々と説明してくれた。
「バイオリン以外には、何を勉強しているの?」

「…えっと、普通だと思うよ。国語とか算数とか…。うーん、一日に一回、バイオリンを引く授業があるくらいだよ。」

「なーんだ、バイオリンだけじゃないんだ〜…。」

「…どうしてルシアンが落ち込むの?」

「えー、その楽器だけやってればいいんだと思ってた…。音楽科って楽でいーなーと思ってたのに…。
普通の勉強もするんなら意味ないじゃん。なら普通科で良いや!」

「え、もしかして音楽科に入るつもりだった?」

イスピンが笑いながらいった。
そこにボリスが追い打ちをかける。

「無理だよ、ルシアン音痴じゃないか。」

その言葉に、皆一斉に笑い始めた。
ルシアンだけは、真っ赤になって否定していたが。

この日は、マックの自己紹介兼説明会で終わった。
日も暮れかけ、景色がオレンジ色に染まっていく。

「俺そろそろ帰らないと…。」

マックが夕陽を見ながら言った。

「…あ、うん、もうこんな時間…。」

イスピンは寂しそうだった。
いつもそう、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

「それじゃ、かえろっか。」

ルシアンの言葉を合図に、皆は、帰り支度を始めたのだった。




ミラとシベリンの二人は、初等部に向かう道を歩いていた。
シベリンは俯き加減で何やらぶつぶつ呟いている。
その数歩前をミラがうんざりした顔で歩いていた。

「…何やってるんだロッテ…こんなに遅くなっても帰ってこないなんて…!それじゃあ不良じゃないか!」

「…………。」

「しかもここ毎日だって!?一体どうして…!昔はあんなにいい子だったのに…!」

「………………。」

「…はっ!ま、まさか、おっおっおおおおおお男が出来たんじゃ…!?」

「……おい。」

「ロッテはそいつにたぶらかされて…っ!?きっとそうだ!間違いない!」

「……おーい…。」

「でなきゃあんないい子がこんなことをするはずが…!はっ、そいつ純情なロッテを騙してるんじゃ…。」

「おい!こら!聞けよ!」

「…えっ!?な、何ですか!!?」

ミラは重いおも〜い溜息をつくと、振り返ってシベリンを指差した。

「『お前』は『誰』だ?」

「はっ?」

「『お前』は、『今』、『誰』だ!?」

「……『シベリン・ウー』です…。」

「…じゃあ『あの子』は『今』『誰』なんだ?」

「……『イスピン・シャルル』…。」

「……では、その二人の関係は?」

「……関係は…。」

「赤の!!他人!!…そうだろ??」

「…………はい。」

「確かに、お前達は事実上は兄妹だ。だが今は全く別の人間で赤の他人。
……心配する気持ちもわかるけど、割り切らなきゃ。
そう決めたのは、他でもない、自分自身だろ?」

「……はい、そうでした。」

その答えたその顔は、妹を心配する兄の顔ではなかった。
覚悟を決めた、男の顔。

「もうすぐ日が暮れます。急ぎましょう。」

そう言って、ミラの前を通り過ぎた。

――…少し言い過ぎたかな…。

と、シベリンの後ろ姿を見ながら思った。
久しぶりの再会で、嬉しいことのもわかる。
しかし、酷かもしれないが、今のうちに割り切っておかないと、いつかきっと、ボロがでる。
そうなれば――…。

――しかし、本当にあの子が大切なんだな。

血のつながりがないとはいえ、他人になってまでも妹を守りたいと思うその気持ち…。

「大した奴だよ、お前は。」

そう微笑んで、シベリンの後を追って行った――。




「…ったく本当にどこに行ったんだ…。」

初等部の校舎の廊下をミラは歩いていた。
とっくに下校時刻を過ぎていて、校舎内は静まり返っていた。
窓の外や教室の中を見回っても姿は見えない。

「ミラさん!」

振り向くと、シベリンが走ってきた。

「先生方に聞いても、知らないそうです。」

「…そうか…。」

「あら、高等部の生徒ですね?どうしてここに?」

二人が振り向くと、白衣の女性がいた。
初等部担当の保険医ゼルナだった。

「…ええと、私はミラです。ミラ・ネブラスカ。」

「ネブラスカ…あぁ、初等部の生徒を預かっている学生ですね。話は聞いています。」

「…で、その子たちがまだ帰ってきてなくて…何か心当たりはありませんか?」

「……そうですね…。…あ、そういえば…。」

「何か知っているんですか?」

「ここ最近、どこからかバイオリンの音が聞こえてくるんですよ。
きっと生徒が練習しているんだと思うんですけれど…。
でも音楽科の棟はここからは遠いですし…。ここまでくるなんてちょっと不思議で…。
でも、『ここでは弾いてはいけない』なんて規則はないですからね。」

そう、ゼルナは微笑んだ。

「そうですか、ありがとうございます。」

「一応、見てくることにします。ありがとうございました。」

「いいえ、お気を付けてくださいね。」

二人はゼルナに別れを告げ、玄関へと向かっていった。
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