■ Maximin & Ispin [ first love ] 5
「ねぇ、月曜もここに来る?」

ルシアンがマックに聞いた。今日は金曜日。明日明後日は学校が休みだった。

「…あ、うん…たぶん。」

「じゃあ、決まりだね!月曜の放課後皆でここに集合!」

「えっ!?」

「え、いやなの?イスピ…じゃなかったシャルル。」

イスピンと言いかけたルシアンだったが、ものすごい勢いでイスピンに睨まれたので慌てて言い直した。
イスピンはというと、睨んだと思ったら、いきなりあたふたしだす。

「べ、べつにいやじゃないよっ!」

「…ふーん…じゃ、決まり!月曜もここに集合ーー!!」

ルシアンは天を指して腕を高々と掲げたのだった。


「その話、ぜひお姉さん達にも聞かせてほしいなぁ〜?」

その声に驚いて振り向くと、迷路口の所で二人の男女――ミラとシベリンが立っていた。

「ミラお姉さん!」
ミラに気づいたティチエルは、嬉しそうに彼女の元へ走って行った。

「ったく、何やってんだお前達!下校時刻はとっくに過ぎてるんだぞ!」

「ごめんなさい〜。」

「なんだよ!誰だよ!えらそうにー!!」

「ん?何だ君は?口のきき方を知らないようだね?
…あ、わかった。君がルシアンだろ?…んで、そっちの子がボリス。」

「え、お姉さん、どうして僕達のこと知ってるんですか?」

「うん、君はいい子だね。礼儀を知ってる。」

ミラは満足そうに頷いた。

「あたしはティチエルの…まぁ保護者代わりみたいなもんだ。
君たちのことはよお〜〜〜く聞いてるよ?」

ミラは笑っている。しかし眼は笑っていなかった。
ただならぬ殺気を感じ、ルシアンは思わず後ずさりした。
しかし、次の瞬間――

「逃げるが勝ち!!」

自慢の俊足でミラの横を走り去ろうとする。

「甘い!!」

しかしミラはその動きを読み、ルシアンを担ぎあげたのだった。

「うわあああ!はなせよ〜!!」

ルシアンは、ミラの腕の中でじたばたともがいている。
が、その腕がほどけることはなかった。

「さあ捕まえたぞ〜悪ガキが〜。」

ミラは楽しそうだった。


シベリンは二人の一連の見て、思わず顔が綻んだ。
その時、子供たちの中で一番奥にいる彼を見つけた。
見慣れない顔。
その近くにイスピンがいた。心なしか、雰囲気がいつもと違う気がした。

その瞬間に彼は状況を把握する。
幸い、イスピンはミラとルシアンの二人に釘付けだった。

周りに気づかれないようにそっと彼に近づく。
彼もこちらに気がついた。
困惑している彼を無視し、更に近づいて、屈む。
ちょうど目線が同じ位置になった。

ただ何も言わず、じっと彼を見る。
覚悟は決めた。決めたはずだ。
でも、心の中ではもやもやとした思いが渦巻いている。
割り切れ。ミラがそういった。もっともだ。
そしてそれを望んだのも自分。
自分の言葉には責任をもて。昔、散々そう教えられたはずだ。
あぁ……もう…ちくしょう!!!

「…な、何…んぐ…!」

この雰囲気に耐えられず、何か話そうとした彼の頬を、黙って両手で押しつぶした。
そのまま頬を弄び、そして最後に引っ張って、手を離した。

彼は両頬を抑え、若干涙目になりながら困惑していた。
その様子を、目を離すことなくずっと見る。

――…子ども相手に何やってんだか…、俺って大人げないな…。

なんだか無性におかしくなってきた。
「…ま、これくらいで勘弁してやるか。」
シベリンは、にっこり笑って彼の頭をぐしゃぐしゃにかき回す。

――俺の妹をよろしくな!




「さて、お前達!帰るぞ!」

暴れるルシアンを小脇に抱えながら、ミラは言った。

「それじゃ、さよなら…。」

マックはミラ達とは違う入口へと向かった。

「送って行こうか?」

ミラの問いにマックは「大丈夫です。」と答え、そのまま走って行った。

「またねー!!」
「さよーならー!」

迷路の中に消えていくマックに、子どもたちが叫ぶ。

「よし、じゃあ皆帰ろうか!」

シベリンがそう促した。

子供たちを挟むように、列の前をミラが、後ろをシベリンが歩いて行く。

「ところで、あのこ誰なんだ?」

ミラが肩越しに聞いた。

「あの子はマック君です〜。」

「音楽科の生徒なんだって。」

そういえば、バイオリンを持っていた。
きっとゼルナ先生が聞いた、バイオリンの音の主だろう。
音が聞こえてきた時期と、イスピンの帰りが遅くなった時期が同じだとすると…。

「なるほどね〜。あの子がイスピンの好きな子か〜。」

「えっ…えええええええっ!!??ち、ちがう!違います!!」

イスピンは耳まで真っ赤になっている。
その様子を見て、ティチエルとレイは顔を見合わせくすくす笑い、
ボリスは何か納得したようにうなずいていた。
ルシアンはというと、「うそっ!?マジ!!?ありえない!!」とひたすらわめいていた。

「違うって言ってるのに〜!!」

ミラは、ちらりと後ろにいるシベリンを見た。
彼は笑っている。
よかった、とミラは微笑んだ。

「はいはい、そういうことにしておこう!」




次の日。
マキシミンは母親と二人で、商店街へと続く道を歩いていた。
父の作ったバイオリンが良い値で売れて、今日はちょっとしたお祝いだ。
自然と心が弾む。

「最近楽しそうね、マックス。何かあったの?」

「え、そうかな?」

そう言いながらも顔は笑っている。
そんな様子のマキシミンを見て、母も思わず顔が綻んだ。

「父さんも褒めていたわよ。最近、良い音を出すようになったって。」

「へぇ…。」

ついこの間まで、暗い顔をしていることが多く、スランプに陥っていたのに、今は見違えるようだった。
立ち直って、元気になったマキシミンの姿が、母にはとても嬉しかった。

「…マックス。」

「何?」

「学校…楽しい?」

「うん!」

二人は顔を見合わせ、そして笑った。




その時だった。


突然の悲鳴。


人々のざわめき。


車のクラクションの音。


母親の、自分の名前を叫ぶ声。




その瞬間、大きな衝撃音が辺りに鳴り響いた。




マキシミンは少しの間気を失っていた。

目が覚めると、母親の胸の中にいた。

目の前の母親は、ぐったりと力なく倒れている。
状況がよくわからない。

周囲の人たちは、慌ただしく動いていた。
方々からいろんな人が叫んでいる。
「救急車を呼べ!」「人が下敷きになってる!」「子供がいるぞ!」
しかし、マキシミンにはその声が聞こえない。
母親が全く動こうとしなかったから――。

「…母さん?」

呼んでも、返事がなかった。

「…母さん!」

今度は叫ぶように。それでも動かない。
自分の体と、地面との間を、生温かい液体がしみ込んでくるのがわかった。

「母さん!!」

それは悲鳴に近かった。体を揺さぶると、ゆっくりと目を開けた。

「…マックス…。」

その声はとても弱弱しかった。

「大丈夫!?今助けるから!」

マキシミンは母の腕の中から出ようとする。
しかし、母親が力強く抱きしめていた。

「母さん、放して!」

「…マックス…。」

「母さん!!」


「……”わが身に宿りし”…”アーティファクトよ”……。」

「…かあ…さん…?」

「…”契約”…”により”……”我が子『マキシミン』に”…”その能力を託したまえ”……。」

その瞬間、熱い何かが体に入っていくのを感じた。

「…母さん?…今の、何…?」

マキシミンの問いに、母はただ、笑うだけだった。

「…マックス…ごめんなさい…。どうか…自分を…見失わないで……。」

そう言い終わった瞬間、母の腕の力が抜けた。
マキシミンはすぐさまそこから這い出て、もう一度母に近づこうとした。

「まずい!ガソリンがもれてる!!」

群衆の中で誰かが叫んだ。

母に近づこうと思った瞬間、誰かに体を持ち上げられた。
そしてどんどん母から遠ざかっていく。
そして、今の現状をようやく理解した。

道を走っていた車が、歩道に乗り上げたらしい。
母と自分は、その下敷きになっていたのだ。

「放せよ!母さんが…母さんが!!」

「だめだ!ガソリンがもれてるんだ!いつ爆発するか、わからない!!君も危ないんだ!!」

自分を抱えている誰かが言った。

そんな…!!

「母さん!!母さん!!!!」

どんどん遠ざかっていく母。

母はじっと自分を見つめて、そして微笑んでいた。

そんな…!嘘だ…っ!!

「かあさーーーーーーーーーん!!!!」


その悲鳴にも似たその叫び声は、大きな爆発音によってかき消されたのだった――。
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