■ Maximin & Ispin [ first love ] 6
月曜日。
いつもの庭園でイスピン達は彼を待っていた。
ミラ達と、「5時までには帰ってくること!」という条件で、ここで遊ぶ許可をもらった。
しかし、いつまでたっても彼は来なかった。
「…遅いね〜…。」
ルシアンが、そうつぶやいた。
それにみんなが力なく頷く。
「…かえろっか。」
そう言ったのはイスピン。
「え、でも…。」
心配するティチエルに対し、イスピンは笑顔で答えた。
「…ほら、何か別の用事が出来たのかもしれないし、また明日来るかもしれないし!ね!」
帰ろうと促すイスピンが、なんだか痛々しかった。
一番残念に思っているはずだから…。
そんなイスピンの気持ちを汲んで、四人は帰ることにした。
しかし、次の日も、その次の日も、彼が来ることはなかった。
そして、一週間が過ぎた。
…しかし、やっぱり彼は来なかった。
彼が来なくなってから、イスピンは目に見えて元気がなかった。
明るくふるまってはいても、でもそれは空元気な事を、四人は気づいていた。
いつもならつっかかるルシアンでさえも、その様子に喧嘩を吹っ掛けることが出来なかった。
「……今日も来ないのかな…。」
イスピンが小さな声で呟いた。
四人には、ちゃんと聞こえていた。
時刻は4時45分になった。いつも大体この時間に帰る。
「…そろそろ帰ろう。」
ルシアンが言った。
皆が帰り支度を始めても、イスピンは座ったまま動かなかった。
「…イスピン?」
ティチエルが彼女の顔をのぞく。
イスピンは、上の空だったが、ティチエルの顔を見て、ようやく気がついた。
「あ…うん、…ごめん…。僕、もうちょっとここにいる…。」
「…え、でも時間…。」
ルシアンがそう指摘すると、レイが肘で彼を小突いた。
「…そうですか、じゃあ、私たち先に帰ってますね!」
そう言ってティチエルは出口に向かって走っていく。
レイもそれに続いた。
「えー…だって時間…。」
「いいから。」
ボリスがルシアンの腕を引いて出口に向かう。
そしてその庭園は、イスピンだけになった。
…もう、会えないのかなぁ…。
そう思うと、目頭が熱くなってきた。
ううん、まだそう決まったわけじゃない!
不安を打ち消すように、頭を振る。
その時、足音が聞こえてきた。
誰かが、走ってくる音。
その音は、いつも彼が来る方から聞こえてきた。
それに気づいた瞬間、胸が大きく高鳴った。
近づいてくる足音。
高鳴る胸。
垣根の隙間から出てきたのは、まぎれもなく、彼だった。
母が亡くなったのを知った父は、倒れてしまった。
元々体が丈夫な方ではなかったものの、最近は調子がよかった。
しかし、母の死が堪えたのか、状態は悪化し、その数日後、眠るように息を引き取ってしまった。
父が死ぬ直前に、父の親戚の連絡先を教えてくれた。
そこに連絡すると、すぐに親戚と名乗る男女がやってきた。
そして色々話をするうちに、自分たちが今後この二人の家で暮らすこと、
学校も別の学校に移ること、そして今までのようにバイオリンが引けなくなることを知った。
手続き等でしばらくこちらにいると分かった時から、マキシミンは必死に練習した。
もう引けなくなるかもしれない。
でも、その前に…。
その前にあの曲を完成させたかった。
そして――。
引っ越す前日、マキシミンは学校に向かって走った。
もうとっくに授業は終わっていて、下校時刻も過ぎている。
それでも構わなかった。
もしかしたら、もういないかもしれない。
それでも、それでもマキシミンは走った。
学校の、あの庭園に向かって――。
勢いのまま庭園に飛び込んだ。
――いた!!
マキシミンはまっすぐ、彼女の元に向かった。
制服姿で、手にはバイオリンのケース。
持っている中で、一番綺麗な服が制服だった。
イスピンは嬉しかった。
嬉しくて、涙が出そうになる。
「…どうしたの?全然来ないから…心配した…。」
話そうと思っていたことがあったはずなのに、全然言葉が浮かんでこない。
「…うん、まぁ…ちょっと、ね…。」
肩で息をしているため、言葉が途切れ途切れだった。
…言わなきゃ…言わなくちゃ…。
マキシミンは息をのむと、思い切って言った。
「…実は俺…転校するんだ…。」
具体的なことは言えない。言っても、心配させるだけだ。
「…転校……?」
衝撃が体を走った。
転校…?何で…?
涙が出そうになる。
そういえば、彼が言っていた。
他の音楽学校に行く子もいるって。きっとそうだ。うん。
喜ぶべきことじゃないか。泣いちゃだめ。笑って、笑って送らなきゃ。
「…そうなんだ…。」
なんでだろう、おめでとう、という言葉が出てこない。
「…それで、君に、聞いてほしいんだ。――最後に。」
最後かも知れないバイオリンを、君に。
「…最後…。」
あぁ、お別れなんだ。もう、会えないんだ…。
「覚えてる?初めて会った時、弾いてた曲。」
どうしても弾けなかった、あの曲。
「…うん、覚えてる…。」
あの時、この曲が聞こえてこなかったら、きっと会えなかった。
「聞いてほしいんだ。」
マキシミンはバイオリンを構える。
ゆっくりと弓を滑らせて、音を奏で始めた。
その音色は、
今まで聞いた中で一番綺麗で、
とても繊細で、
優しい音色だった――。
音は、途切れることなく奏で続ける。
スローだった曲調が、だんだんと速くなり、あの盛り上がり部分に差し掛かっていた。
緊張――。
加速した勢いのまま、彼はいつも失敗していたあの箇所を、弾ききった。
そしてそのまま、フィニッシュへ――。
弾き終わった後、一瞬の沈黙。
そして、拍手。
イスピンは、彼に精一杯の拍手を送った。
嬉しかった。彼の、最高の演奏を聴けて。
楽しかった。一緒に、遊んだあの時間が。
そして、
切なかった。これでもう、会えないことが――。
そう思うと、自然と手が止まった。
「…もう、会えないのかな…?」
自然と、声が出てきた。
必死で涙を堪えていたけれど、きっと涙目になっているのがわかるだろう。
つらそうに、せつなそうに自分を見る彼女の姿を、マキシミンは凝視することができなかった。
思わず、視線をそらしてしまった。
何だろう、胸の奥が、痛い。
「…そんなこと、ないと思うよ…。」
思わず、言ってしまった。
自分も、そう思いたかった。
「生きてたらさ、そのうち、きっと会えると思うよ。」
「……そう、だね。」
「何年経っても、いつか、きっと…。」
「…うん、そうだね!」
二人は、そう、笑顔を交わした。
「……じゃ、また…。」
「うん、またね。」
さよならは言わない。
いつかきっと、
また会えるから――。
彼の足音が、だんだん遠ざかっていく。
そして、聞こえなくなった。
その瞬間、イスピンは泣き出した。
今まで、溜めていたものを吐き出すように――。
あれから、7年。
君は今、どうしていますか?
きっと、音楽家になるために日々頑張っているんでしょうね。
実は、あれからクラシック関係の雑誌を読んだり、CDを聞いたりしてます。
どこかに君がいるんじゃないかって…。
君が活躍する日を楽しみにしています。
そしたら、絶対にコンサートに行きます。
もう、僕のことわすれちゃったかな…。
無理もないよね。でもそれでもいいんだ。
もう一度、一目見るだけで…。
あ、そうそう、今日うちのクラスに転校生がくるそうです。
もしかして、君だったりして。
なーんて、そんなわけないよね。馬鹿みたいだね。
…でも、そうだったら、いいなぁなんて…。
- END -
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