■ Sivelin & Nayatrei [ star gazer ] 1
夜空に瞬く無数の星。
私はそれを見ている。
一つの星が、流れて、消えた。
『あ、流れ星!』
嬉しそうに、私を抱く姉の顔を見た。
姉は笑って、
『そうね。』
と私の頭をなでてくれる。
このときの姉の笑みが、なんだか少し、寂しそうに見えた――。
「あー…ったく何でおれがこんなこと…ぶつぶつ。」
マキシミンは廊下を歩いている。両手には荷物を抱えていた。
「そりゃあ、君が授業中寝るからだろ?」
数歩前を歩いている赤髪の教師、シベリンが笑っている。
「自業自得ね。」
その隣で、レイが言った。
「…そういや、お前ら何かと一緒にいるよな。」
前々から思っていた疑問。
前の、催眠術事件の時も、オルランヌ城突撃作戦の時も、二人は一緒だった。
「んー…まぁ付き合いが長いからね。」
「へぇー…。」
「10年…だっけ?」
レイが頷く。
「10年!?…すげぇな…。」
「初めて会った時は…そうそう、レイはまだ4歳で…ちっさくて可愛かったなぁ…。」
シベリンは恍惚の表情だった。
すかさずレイが、「馬鹿。」と突っ込んだ。
「…ふーん4歳ねぇ……………ん?ってことはお前今14なのか!?」
「…あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてねーよ!」
「飛び級したの。」
レイはさらっと、別になんてことないような口ぶりで言った。
「…マジかよ…。」
愕然とするマキシミンを気にすることなく、二人は歩き続けていた。
そう、10年。
あれから、10年――。
息苦しさで、目が覚めた。
――ここは……?
体を動かそうとした瞬間、胸に激痛が走った。
息をするたび、痛みが走る。
体が思うようにうまく動かない。
――どうしてこんなところに…。
痛みで、だんだんと意識が覚醒していく。
そして、自分が追われていたことに気がついた。
慌てて目をあけると、視界いっぱいに、子どもの顔が映った。
銀の髪、褐色の肌、そして紫の瞳。
――きみは…?
声を出そうとするが、出せない。
口をパクパクさせている自分を見て、その子供は不思議そうに首を傾げた。
子供は、しばらく自分の顔を見ていたが、やがて飽きたのか、走ってこの場から去っていた。
去っていく子供の姿を追って、ようやくここが、テントの中だと気がついた。
周囲には生活に必要なものが並べられている。
ここは、どうやら移動民族のテントの中のようだ。
少女は、テントの隙間から外へと飛び出して行った。
呼び止めようとしても体が動かない。
体を動かそうとしたら激痛が走る。
痛みに耐えながら、考えていた。
私は捕まったのだろうか。
妹は――ロッテはちゃんと逃げ切れたのだろうか。
一緒にいた、あの親子はどうなったのだろう。
色々な事が頭の中をぐるぐる回っている。
ふいに、薄暗かった部屋の中に、光が差し込んだ。
誰かが入ってきたようだ。
その人物は、さきほどの子供と同じ髪と肌、そして同じ瞳をもっていた。
あの子供が一瞬にして成長したのかと思った。
しかし、彼女の後ろをついて来る子供の姿が見えたので、全然別の人物だということがわかった。
急激な成長など、そもそもそんな事はありえない。
突拍子もない事を考えるなど、自分は相当弱っているんだな…。
やってきた少女は、自分と同じくらいの歳だろうか。
彼女は枕元に座り、私の頭を持ち上げた。
持ってきた器の中の液体を、飲ませるつもりだろう。…薬だろうか。
その前に、ききたいことがあった。
「…ここは…。」
小さく、かすれてはいたが、声が出た。
彼女にはちゃんと聞こえていたようだ。
「ご安心ください。もう追っ手が来ることはありません。
さぁ、お薬を…まずは傷を癒さなければ。」
「…ロッテは……妹は……。」
「大丈夫、無事保護されました。ご安心ください。…さぁ、お飲み下さい。」
口元に添えられた器から、液体が流れ込んできた。
ゆっくり、それを飲んでいく。
飲み干すと、急に瞼が重くなった。
「お眠り下さい。今は…何もかも忘れて…。」
その言葉に誘われるように、深い深い、眠りの中に落ちていった――。
痛みと苦しみで目が覚めるたび、あの少女が薬を飲ませてくれる。
そんな事が数回繰り返され、ようやく自分に受けた傷がふさがり、自分で体を起こせるようにまで回復した。
胸の包帯がほどかれたとき、身の毛がよだったのを、今でも忘れない。
そこには、生々しい傷跡が、はっきりと刻まれていた。
こんな傷を受けてもまだ生きていられるのが不思議なくらいだった。
「ご機嫌はいかがですか?」
そういって、テントの中に入ってきたのは、もう見慣れた、あの少女だった。
「おかげさまで、すっかり良くなりました。本当に、ありがとうございます。…えっと…。」
戸惑う私に、少女はくすりと笑った。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。
私は、ナヤトレイ。今までの無礼をお許し下さい、殿下。」
「ナヤトレイ……すると、君が『引導者の目』の持ち主…。ということは、ここは苗族の…。」
「さすがですね、よくご存じで。
我々は、ネブラスカ様からの連絡を受けて、殿下の救出に向かいました。
――しかし、我々の発見が遅れてしまい、殿下に重傷を負わせてしまいました。
本当に、申し訳ございません。」
「…そうだ、あの親子は…ケレンス殿は…?」
そう、ロッテと別れたあと、私は、ケレンスと、シベリンの親子と共に逃亡したはず…。彼らは…どこへ…。
「…ケレンス様も重傷でしたが、一命を取り留めました。
……しかし、シベリン様は…。」
そう、彼女は顔を背ける。
「…そうか、亡くなられたのか…。本当に済まない事をしてしまった…。ケレンス殿には、なんとお詫びすればよいものか…。」
「…シベリン様は、貴方様の身代わりになられました。」
「…えっ…?」
「重傷を負われた殿下と、お父上のために、追っ手の目を引こうと、殿下と服を取り換えたのです。
そしてそのまま、崖から――…。」
「…そんな…。」
「遺体は、『ベルナール・ゾフレ・ド・オルランヌ』として埋葬されました。」
「…まさか…。……いくらなんでもさすがに別人だと気づくのでは…?」
「……幸か不幸か、崖から転落した時に、判別不能になるほど顔に傷を受けたようです。
それに、髪の色も、背格好も似ていましたし…。
なにより、殿下が亡くなられた方が、都合の良い人間もおりましたから…。」
「…ああ…。」
思い出すだけでも、怒りが湧き出てくる――あの叔父の事だろう。
「…殿下…。」
彼女が、心配そうにこちらを見ていた。
私は、憎しみを打ち消すように、頭を振った。
「…それで、ナヤトレイ…。」
「私のことは、ナヤとお呼び下さい。」
「…それでは、ナヤ、ケレンス殿はどこに?」
「別のテントで、療養されております。
…一命は取り留めましたが、まだ油断のならない状態ですので…。」
「…そうか、一度、会っておかなければ…。」
そして、言わなければいけないことがある。お礼と、謝罪と――。
自分は、なんて無力なのだろう…。
こんなにもたくさんの人の力を借りなければ、思うように生きる事すらできない…。
私にもっと、
力があったなら…。
人ひとり守れるだけの、
力があったなら――。
くすり、と彼女が笑う。
「…そんなところにいないで、こっちにおいで。」
入口の隙間から、一人の子供がこちらの様子をうかがっていた。
その子ももう、見知った顔だ。
ナヤに呼ばれて、その子が走ってくる。
そしてその勢いのまま彼女にしがみついた。
「…ふふっ、いつまでたっても甘えん坊で…。
この子は、私の妹です。――ほら、ご挨拶なさい。」
そう言われて、私に向って一礼した。
「…はじめまして、わたしのなまえはレイといいます。」
改めて、この子を見ると、ロッテより年下のようだった。
一生懸命なその様子が、とても微笑ましかった。
「…はじめまして、レイ。私は、ベルナール。よろしくね。」
そう微笑むと、レイはまたナヤに抱きついた。
「…レイ、そういえば…『ナヤトレイ』にもレイが入ってる…。」
「ええ、いずれこの子に、その名が継ぎますから。いつ引き継がれても、違和感のないようにと祖母が…。」
ナヤは、レイの頭をなでる。
『引導者の目』は、『ナヤトレイ』の名と共に受け継がれる。
それは同じ血筋の元に…。姉のナヤから、妹であるレイに。
そう、継母から、義妹に、受け継がれたように――。
ケレンス・ウーの容体が急変したのは、その数日後だった。
慌ただしく動く、人々の気配。
焦りが混じった、人々の掛声。
日が暮れても、その様子は変わることがなかった。
喧騒の中、ナヤが私のテントに訪れた。
そして、ケレンス殿の容体を教えてくれた。
今夜が山だという――。
行かなければ。今夜しか、ない。
立ち上がろうとすると、体がよろめいた。
その体をナヤが支える。
「…行かれるのですか。」
「…ああ、私が、行かなければ…。」
私の意志が固い事を感じたのか、ナヤは頷くと、私の体を支え外へと導いてくれた。
そのまま、そのままケレンス殿のいるテントの中へ――。
テントの中にいた人々が、私達の姿を見ると、何も言わずとも道を開けてくれた。
横たわる、ケレンス殿。包帯が巻かれた体。息苦しそうに細かく息を吐いている。
彼の枕元に、老婆が座っていた。
身なりも、他の人々とは違う。…おそらく彼女が族長なのだろう。
私達がケレンス殿に近づくと、彼がゆっくり目を開けた。
「…これはこれは…殿下……。お元気そうで…なにより……。」
汗が噴き出た顔、つらいはずなのに、彼は笑ってくれた。
「あなたには、お礼を言わねばなりません。助けていただき、本当に、ありがとうございます。」
「…身に余る…光栄ですわ…。」
「…そして、私のせいでご子息を…。謝っても、許していただけないのはわかっております。
…ですが、言わせて下さい。本当に、申し訳ありませんでした。」
そう頭を下げた。
「……謝らんで下さい…。…あれは……あれがそう…望んだのです…。
そういう…奴なんです…。…殿下のお役に…立てて…あれも満足しておりましょう…。
…ですから…もう…気にせんでください…。」
途切れ途切れに聞こえてくる言葉…熱いものが、こみあげてくる。
けれど、泣いてはいられない。
ここ数日、考えていた。
自分にできることがあるのなら、
それは、唯一つ――。
「…ケレンス殿、あなたのアーティファクトを、私に受け継がせて下さい。」
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