■ Sivelin & Nayatrei [ star gazer ] 2
周囲にどよめきが走った。
本来、アーティファクトは、その一族間のみでしか受け継がれない。
それは、彼自身も重々承知していた。
動揺する一同の中、彼は構わず言葉を続けた。
「私は、オルランヌ家の人間です。
ご存じのとおり、アーティファクトは我が先祖が作り出したもの…。
そして、かつての重臣達にアーティファクトを授けたのも我が先祖。
オルランヌ家である、我が先祖が他の者に植え付けることができるのであれば、その逆も可能なのではないでしょうか。」
「…確かに、ありえる事かもしれぬ。」
老婆が頷いた。
「確かに、一族ではないものに引き継ぐのは不可能なこと。
しかし、オルランヌ家の人間であれば…。」
「…殿下、貴方のおっしゃることはよくわかる。
…しかし、貴方は創造主ではない。血をひくとはいえ、その身に危険が及ばぬとは限らんじゃろう。
――それでも、構わぬとおっしゃるか?」
老婆はまっすぐ彼を見据えていた。
「…今回の事で、私は、私の無力さを思い知りました。
今までずっと、見ているだけしかできなかった。
それが、悔しくて悔しくて…。
だから、力が欲しいのです。人一人守れるほどの力を…私は…。」
彼の握られた拳に力が入る。
「ならば、その身を鍛えればよろしい事。
確かに、アーティファクトは持ち主に多大な力を与えます。
殿下、力に自惚れてはいけませぬ。貴方はまだ、若い。そう、気を急がなくてもよろしいと思いますが…。」
「…確かにそうかもしれません。
…でも、それだけではないのです。
私の身代わりとなった、彼のご子息…。
彼の勇姿を、ナヤから聞きました。
彼が私となったのなら、私が彼の代わりに、彼になるべきです。
――私が、シベリン・ウーになります。
いえ、ならせてください。
彼が命がけで私になったように、私も、この身を一生、シベリン・ウーとして生き抜きたいのです。
それが、亡くなった彼のために、そして私を助けて下さったケレンス殿のために、私ができる唯一の事なのです。」
その強い決意に、誰も口を出すことができなかった。
「……わかり…ました…。」
「ケレンス殿…。」
「…私の…手を……。」
ベルナールは、ケレンスの手を握った。
「…”わが身に”…”宿りし”……”アーティファクトよ”……。
”契約により”……”我が子『シベリン』に”…”その能力を”…”託したまえ”……。」
その瞬間、繋がれた手から熱い、何かが侵入してきた。
その熱さに耐えきれず、彼は叫び、倒れこんだ。
その身体を、ナヤが支えた。
彼は耐えるようにうずくまっていたが、しばらくすると治まってきたようで、ゆっくりと顔をあげた。
「…大丈夫ですか?殿下…。」
心配そうにナヤが彼の顔を覗き込んだ。
しかし、彼は首を振る。
「…違う、ナヤ…もう、『殿下』じゃない…。私は、『シベリン』だ…。」
「…そう、でしたね……『シベリン』。」
『シベリン』は、ケレンスを見た。
そして、もう一度、手を握った。
「…貴方方の想い、絶対無駄にはしません。」
「…いえ、こちらこそ……。息子になってくれると聞いて……嬉しかった…。」
「…ありがとう…父さん。」
「……殿下に……父と呼んで下さるとは…なんという…光栄な…。」
「…私はもう、殿下ではありません。…あなたの子です。それに、子供に敬語はおかしいですよ。」
「…そう…だ…な……ありが…とう……シベ…リン…。」
笑みを浮かべ、彼は、眠るように息を引き取った――。
それから、二年後。
集落の中央に、広場がある。
一組の男女が剣を交わしていた。
と言っても、男は槍を模した棒を、女は刃をつぶした短刀を両手に持っていた。
二人を見守るように、その周囲には人々が群がっている。
軽やかに繰り出される刀技。足技を加えることで、振り下ろす際に出来る隙を、上手く無くしていた。
一方男は防戦一方。飛んでくる刀と蹴りを、柄の部分で次々と受け止めていた。
「さすがに、あのシベリンでもナヤトレイ相手では手が出せまい。」
「いや、彼も継承者だ。ナヤトレイの目も、彼だと通じないだろう。」
周囲の人々が個々の感想を述べている。
このまま、決着つかずかと思われた。
が、シベリンが飛んでくる刀を、柄を回転させて受け流した。
そのまま体ごと回転させ、彼女の頭めがけて槍先を――。
しかし彼女は身をかがめその一閃を交わし、身をかがめたまま体を回転させる。
彼女は彼に足払いを繰り出した。
彼は交わすことができず、その場に崩れ落ちる。
気がついた時には、首元に、彼女の刀が添えられていた。
「勝負あり!そこまで!」
審判らしき人物が、そう叫んだ。
その瞬間、緊迫していた空気が一気にほどけ、険しい顔をしていた二人は、たちまち笑顔になった。
「…やっぱり君にはかなわないな。」
「そんなことないわ。今は模擬戦だから、貴方は無意識に手加減しているのよ。」
差し出された彼女の手を、彼は握った。
「…そう、かな…。」
「ええ、あなたは本当に強くなったわ。大人でもあなたに敵う人はそういないわよ。」
「…そうかな…。」
「そうよ。だから、もっと自信を持って。」
ナヤは笑う。つられて、彼も笑った。
「やれやれ、ナヤトレイはいつもシベリンにやさしいな!」
「…えっ?」
ギャラリーの内の誰かが、叫んだ。
シベリンが驚く。
「そんなこと、ありません。」
ナヤはそっぽを向く。
「照れるな照れるな!」
「…だから、違います!」
ナヤは足早にその場から去って行った。
「ふふん、まんざらでもないようだな…よかったな、色男!!」
年配の男がシベリンの肩を叩いた。
シベリンは、照れながらも否定していた。
二年の間、ナヤはつきっきりでシベリンの世話をしていた。
生きるための知恵や、戦闘術の手解き等。
本人たちは否定していたが、二人が想いあっているのは、周囲の人間には気づかれていた。
おかげで最近、何かと冷やかされている。
それが二人の悩みの種であった。
「姉さん!」
向こうからレイが走ってきた。
「どうしたの?」
「おばあちゃんが、姉さんのこと呼んでる。」
「…そう。」
「ねえ、シベリンは?」
「広場の方に、まだいると思うわ。」
それを聞くと、レイは広場の方に走って行ってしまった。
あまり人に懐くことがないレイも、シベリンには懐いている。
それが嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
しかし彼女は踵を返すと、顔を引き締めた。
――おばあさま…一体何の用だろう…。…いや。
ナヤは苦笑しながら頭を振った。
――…わかっているくせに…。
わかっている。わかっているけれど…。
「族長。ナヤトレイ、参りました。」
そう言って、族長のテントの中に入った。
「よく来た。――座って。」
そう促され、彼女の目の前に座る。
「呼ばれた訳は、分かっているね?」
テントの中は薄暗く、彼女の顔色が伺えない。
「――はい。」
「…お前のためだ。もう一度言うよ。
彼を、好きになってはいけない。」
「…分かっています。」
「…彼に、重荷を背負わせてはいけない。」
「……分かっています。」
「…話はそれだけだよ。もう行っていいよ。」
「……はい…。」
ナヤは俯いたまま、その場を後にした。
テントから出ると、レイがシベリンの背中に乗って、歩いてくるのが見えた。
二人が彼女を見つけると、笑顔で手を振った。
――…だめだ。
「…なんだったの?」
彼がそう聞いてくる。
――…だめだ…。
「何でもないわ。ちょっと言付を頼まれただけ。」
精一杯の笑顔で返す。悟られては、だめだ。
「姉さん、おなかすいた!」
「そうね、そろそろご飯にしましょう。」
「わぁい!シベリンも、一緒に食べよ!」
「ああ、もちろん。」
「まったく、この子ったら…。」
笑わなきゃ。わらわなきゃ。わら…。
「ごめんなさい、ちょっと用事を思い出したの。――先に言っててくれる?」
「…わかった。」
「姉さん、早く来てね!」
二人は、ナヤを背に歩き出した。
ナヤは、その姿をずっと見ていた。
だんだん視界が歪んでくる。
思わず、声が出そうになる。慌てて口を押さえた。
完全に姿が見えなくなるのを確認すると、ナヤはその場に崩れ落ちた。
――…分かっているのに…。わかっているはずなのに…っ!
彼女の中に潜むその想いは、抑えようとすればするほど、湧水のように湧き出てくるのだった――。
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