■ Sivelin & Nayatrei [ star gazer ] 3
突然、けたたましい爆発音が鳴った。
そして地響き。
「何っ…!?」
ナヤは涙を拭い、立ち上がった。
西の森から煙が上がっている。
――何、何なの!?
「大変だ!何者かが…突然襲って…!…ぐあぁっ!!」
周囲は混乱に満ちていた。
あちこちで悲鳴が聞こえている。
「ナヤトレイ!!」
振り向くと、族長が立っていた。
「…どういうことだ、これは…。」
「…わかりません、このような未来、私には視えませんでした。」
「ナヤ!!」
シベリンがレイを連れて戻ってきた。
「いったい何が…。」
「…わからない…。…どうしよう、私…。」
苗族。ほとんどの人間は、その存在すら知らない。
世の中から隔離されたこの隠れ里で、長い間過ごしてきた。
それが出来たのは、彼らの持つアーティファクト、引導者の目のおかげであった。
未来を見通し、世界を一望する能力を持つ、引導者の目。
それを守るためにも、苗族はずっと人知れず暮らしてきたのだ。
そして、一族の危険を事前に察知し、回避するのが引導者の目を持つ『ナヤトレイ』の仕事でもある。
『ナヤトレイ』の名は、一族を守る守護者の名として、引導者の目と共に、代々受け継がれてきたのだ。
しかし、今回、何者かがこの里を襲おうとしている。
彼女はそれを予知できなかった。
このようなことは、長年の歴史の中で今回が初めてだった。
一族を危機に曝したことで、彼女は自分を責めていた。
シベリンは、彼女にかける言葉が見つからなかった。
「長老!黒マントの集団が、こちらに向かってきます!ここは我らが…早くお逃げ下さい!」
族長の側近の一人。
彼の言葉に、族長は首を振った。
「年老いた私が逃げ延びてなんになる。――ナヤトレイ。」
「…はい。」
「レイを連れて、シベリンとお逃げ。」
「族長…!?」
「我ら一族は、引導者の目を守るためにこの地に隠れ、生き延びていた。
我らは、それを守るために存在する。忘れたわけではあるまい。
お前は死んではならぬ。そして、同じくアーティファクトを持つシベリン殿も。
そして、レイはお前の唯一の肉親だ。ナヤトレイの名を、絶やしてはならぬ。
…わかるな?」
ナヤは頷いた。
「さあおいき。我らが戦闘民族であることを、きゃつらに思い知らせてやるわ。」
「…おばあさま…。」
ナヤは意を決したように踵を返した。
「…行きましょう。」
そのままその場から走り去る。一度も振り返らずに。
シベリンもその後に続く。
「ねぇ、おばあちゃん変だった。どうしたの?」
レイがシベリンに聞いた。
「…なんでもない、何でもないよ。」
まだ幼い彼女に、そう答えることしかできなかった。
テントに寄って、武器をとり、マントを羽織った。
人の流れに逆らい、里のはずれから森の中へ入った。
シベリンの背中で、レイには何が起こったのかわからず、ちらちらと里の方を振り返っていた。
前方に人影が見えた。
二人はとっさに、物陰に身を隠した。
「…ここにも…。」
シベリンが、歯を食いしばる。
ナヤが様子を伺う。
人影はこちらに向かってくる。
里と、人影との間に、ナヤ達がいる。
見つかるのは、時間の問題――。
「…レイ、おいで。」
ナヤに呼ばれて、何も知らないレイが彼女の胸に飛び込んだ。
ナヤはしっかり彼女を抱きしめた。
いつもと違って、強く抱きしめるのでレイが異変に気づく。
不思議そうに姉の顔を見た。
「”わが身に宿りしアーティファクトよ”、
”契約により我が妹『レイ』にその能力を託したまえ”」
その瞬間、レイの額から光があふれた。
額には不思議な文様が刻まれ、淡い光を放っている。
ナヤがやっと彼女を解放した。
「…さ、これを…。」
ナヤが、額にまいていたバンダナをはずして、レイにまいた。
「…いい?絶対、他の人に額を見せちゃだめよ。わかった?」
「うん!」
「…シベリンと、仲良くね。…元気でね。」
彼女がレイの頬をなでる。
レイは嬉しそうに頷いた。
ナヤが、自分の羽織っていたマントをレイに着せた。
そして、ナヤはシベリンを見る。
「レイを連れて、逃げてください。ここは私が引き留めます。」
「…ナヤ…。」
二人は、見つめあっていた。
そんな二人を見て、レイは子供ながらに二人の関係を知った。
「…さあ、早く…!」
立ち上がろうとするナヤの手を、シベリンが引いた。
そして、
そのまま抱きしめた。
「…ナヤ…!」
彼は、ナヤの肩に顔を埋めている。
――あぁ、だめだ…。
シベリンの腕は、決してナヤを離そうとはしなかった。
――…ダメなのに…!
ナヤは恐る恐る彼の背に手を伸ばした。
そして――。
「…ずっと……お慕いしておりました……。」
彼女の頬に涙が一つ、零れ落ちた。
近づく足音で、二人は我に帰った。
シベリンの腕の力が抜け、二人は離れた。
「レイをお願いします。…お元気で。」
シベリンにそう笑いかけた。
そして立ち上がり、彼女はそのまま振り返ることなく走っていく。
人影は、ナヤの姿を捉えたようで、彼女を追ってその場所から遠ざかって行った。
機を見計らい、シベリンがレイを抱えて、ナヤとは別方向に走りだす。
彼の腕の中で、レイがしきりに叫んでいた。
「姉さんが…姉さんが!!」
何かを感じ取ったのだろう。シベリンを止めようと彼をずっと叩いていた。
しかし彼は止まることなく、走り続けている。
「姉さん…!」
シベリンの肩越しに後ろを見る。
もう、姉の姿は見えなかった。
すっかり日が暮れて、あたりは闇に包まれている。
ふと、目に入ったのは夜空に浮かぶ無数の星。
そのうちの一つの星が、流れて、落ちた。
流れ星、昔にも見たことがある。
嬉しそうに一緒に見ていた姉に言うと、
どことなく、切なそうに笑ったのを、思い出した。
引導者の目を持った彼女は、その時初めて、星が流れる、その意味を知る――。
またひとつ、星が流れた。
その瞬間、一瞬浮かぶ、人の顔。
知っている人。隣に住んでいたおばさん。
また一つ――今度は、いつも稽古の相手をしてくれたお兄さん。
星が次々と流れていく。
そのたびに、人の顔が浮かび、そして消えていった。
現れる顔は、どれも知った顔。そして、
どの人も皆、笑顔だった。
涙で視界がぼやけても、耐えられず目を閉じても、そのビジョンははっきりと視えた。
「…おばあちゃん……。」
そして――。
「…姉さん……!」
シベリンは、レイの小さな叫びを聞いた。
腕の中で震えるレイを強く抱きしめる。
そして、叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
その声は、まるで雄たけびのように…森の中に響きわたったのだった――。
一晩中走り続けて、森を抜けた。
目の前に小さな村があった。
彼らは、その村に身を隠した。
狭い路地の間で、二人は寄り添うようにうずくまっている。
レイは疲れたのか、シベリンの腕の中で眠っていた。
雨が降る。
その雨は、彼らに躊躇なく降り注ぐ。
シベリンはレイが濡れないように、羽織っていたマントを彼女にかけた。
雨――。
まるで自分の心を代弁しているようだった。
なぜだろう、泣けない。
泣きたいのに、泣けない。
「まるで捨てられた仔犬だな。」
いつの間にか、目の前に誰かがいた。
そういえば、降っているはずの雨が、落ちてこない。
聞き覚えのある声――どこで聞いたっけ…。
「…聞いたよ。苗族の里が襲われたそうだね。」
――苗族。
いろんな事があった。
瀕死の状態で運び込まれた自分。
命の恩人達の死。
そして俺は、シベリン・ウーになった。
2年間の間、共に過ごし、色々な事を教えてくれた。
そして――また守れなかった。
たくさんの人を死なせてしまった。
お世話になった人達…何もすることが出来なかった。
そして、ナヤ――。
彼の眼から、涙がこぼれてきた。
声を殺して、彼は泣いた。
人の目も気にせず、泣いて、泣いて、泣いた。
異変に気づき、彼の腕の中にいたレイが目を覚ます。
目をこすりながら、シベリンの顔を覗き込んだ。
そして、目の前に立っている人物を――。
彼女は、驚いたように、「あ…。」とつぶやいた。
「お前にはまだ、守るべきものがある。そうだろう?」
その人物は、彼の肩に手を置いた。
「彼らはお前を恨んで死んでいったのか?
彼らは、何を思ってお前を生かしたんだ?」
――俺が、生かされた理由…。
「彼らは、お前に希望を託したんだ。
希望を守りたかったんだ。
彼らの想いを無駄にしないためにも、お前は生きなければならない。」
シベリンは、涙を拭って顔をあげた。
そこには、見おぼえがある女の顔。
――そうだ、あの時、ロッテを連れていった、あの人だ。
「…ロッテは、元気ですか?」
「…ああ、元気だよ。お前の希望通り、別人としてすごしている。」
「…そうか。」
――よかった。
俺は、何のために強くなった?
そう、すべては、妹のため――。
「…俺を、ロッテのところへ連れて行って下さい。」
彼女の眼が、鋭い光を放つ。
「俺は守りたいんです。ロッテを。今度こそ…この手で。」
彼は拳を握る。
その強い決意を感じたのか、彼女は眼を閉じ、そして笑った。
「いいだろう。
ただし、会えるのはまだ当分先で、しかも難問が待ち受けているけどね。」
「…構わない。耐えるのは慣れている。」
「…君はどうする?おちびちゃん。」
「…私も行く。シベリンと一緒に行く。」
「そうか。」
と、彼女は笑って、レイの頭をなでた。
「…よし、ついておいで。
ああそうそう、私はミラ。ミラ・ネブラスカだ。
よろしくな、お二人さん。」
それから数ヶ月…。
彼は、鏡の前に立っていた。
自分の姿をまじまじと見ていた。
彼は今、学生服を着ている。黒を基調とした、赤いラインの入った制服だった。
「まさか、学校に通えるなんて…夢にも思わなかった。」
ミラを合流してから、待っていたのは膨大な量の参考書だった。
彼女の話によると、妹は今学校に通っていて敷地内の寮の、管理人の孫として、そこに住んでいるという。
そこは、高等部の学生寮で、会うためにはその学校の生徒になればいいらしい。
自分は今、16。丁度高校一年にあたる。
しかし、そこの編入試験はとてつもなく難しいらしく、今すぐ編入するとなるとかなり厳しいらしい。
そういうわけなので、来年度からの編入に間に合わせるため、それまでずっと勉強していろと言われた。
元々頭は良い方だったので、試験はなんなくクリア。
そして今年の春から、高校二年として、アクシピター学園に編入することになった。
今いる場所は、ミラから与えられた住まいだった。
さすがネブラスカというか…立派な家であった。
部屋のドアが開いて、誰かが入ってきた。
彼が振り向くと、レイが立っていた。
彼女も、制服を着ている。
彼女も今年の春から、小学部の四年として同じアクシピター学園に編入するのだ。
「似合うよ。」
シベリンは笑う。
レイは今年で7歳。本来ならば、一年になるはずなのだが…。
「…良かったの?」
「…何が?」
彼女が首を傾げる。
引導者の目を引き継いだせいか、彼女はだんだん、子どもらしさが抜けてきた気がする。
それが少し切なかった。
「別に無理して入ることないのに。」
「…私は、シベリンが守りたいものを守りたいの。…ただそれだけ。
姉さんもきっと、そうしたと思う。」
妹も、今年で四年になる。彼女は、出来るだけ妹の傍にいたいようで、自らそれを志願した。
「…そっか、ありがとう…レイ。
ああ、ごめん、もう『レイ』じゃないな。『ナヤトレイ』だな。
じゃあ、これからは『ナヤ』って呼ぶよ。」
しかし、彼女は首を振った。
「今まで通り『レイ』って呼んで。
貴方の中で、『ナヤ』は姉さん唯ひとり。
だから、私は『レイ』で良い。」
そう言って、彼女は笑う。
――やれやれ、本当に、俺より大人だな。
「…わかった、レイ。これからも、よろしくな。」
「こちらこそ。」
二人は、顔を見合せて、笑った。
その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「準備出来たか?」
顔をのぞかせたのは、ミラ。
「出来たなら、そろそろ行こうか。」
その言葉に、二人は同時に頷いた。
こうして二人は歩き始める。
新たな運命へと向かって――。
- END -
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